細川光尚
ほそかわみつとし
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主(熊本藩)
江戸 [1619年~1650年]
細川光尚とは?
細川光尚(1619-1650)は江戸時代の武士。細川忠利の子で細川綱利らの親。肥後(熊本県)熊本藩主・細川家の長男として生まれる。初めの名は光利。1637年に島原の乱が起きると父と共に原城を攻め武功を上げる。父の死去により家督を継ぎ、肥後熊本藩2代藩主となり名を光尚と改めた。忠利への殉死をめぐり、阿部弥一右衛門の遺族が自邸に立てこもる事件が起きるがこれを鎮圧する。1646年には従弟の細川行孝に約3万石を分知し、熊本藩の支藩となる宇土藩を立藩させた。1645年に創建された大分市の劔八幡宮は、長年行方のわからなかった宇佐神宮の神剣が発見されたことを聞いた光尚が、吉事としてこれをまつったことを始まりとする。光尚以降も歴代の熊本藩主が保護をしており、細川家と縁のある神社として知られる。 光尚は出水神社(熊本市水前寺公園)で祭神としてまつられている。出水神社は旧熊本藩士たちによって、初代藩主・細川藤孝を始めとした4柱をまつり創建された。その後、歴代藩主らと共に光尚も合祀されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
細川光利ほそかわみつとし
その他
祀られている主な神社
出水神社
(熊本県中央区水前寺公園8−1)
