細川重賢 神社の神様 - 神社ファン

細川重賢

ほそかわしげかた

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
細川重賢

永青文庫所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 藩主(熊本藩)

江戸 [1721年~1785年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 細川重賢とは?

    細川重賢(1721-1785)は、肥後熊本藩6代藩主。熊本藩細川家7代。第4代藩主・細川宣紀の五男。政治の手腕はもとより、武芸や書道に達し、読書家・博物学者としても高く評価され、紀州藩第9代藩主・徳川治貞と「紀州の麒麟、肥後の鳳凰」と並び賞された名君である。初めは父・宣紀より1字を与えられて長岡紀雄と名乗っていたが、兄・宗孝が江戸城で殺害され跡を継いでからは細川重賢と名乗る。1748年から財政難の熊本藩の立て直しに取り組み、堀平太郎左衛門勝名を登用したのち宝暦改革を実施。殖産興業を命じ、楮、生糸、櫨などを専売制に切り替え、蝋の生産を藩直営に移行し、製蝋施設を設立するなど堀とともに奔走した。1754年から藩校時習館、武芸所東榭・西榭、医学校再春館を相次いで設立。さらに同じ頃に刑法改正、衣服令細則制定を行う。この間堀勝名は融資獲得に成功し、櫨や楮の専売等によって財政再建を図っていった。これらの改革は以徳政要をはじめとして様々な書物で流布され、他藩に多大な影響を与えた。また、政治以外の分野でも鳥・昆虫・植物の図譜を創るなどしており、虫を描いた昆虫胥化図、オオカミの図に各部計測を記載した毛介綺煥、押し葉標本である押葉帖などが残されている。 熊本県熊本市中央区の水前寺成趣園内にある出水神社に、重賢を含む細川家歴代藩主が主祭神として祀られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    長岡紀雄

    ながおかのりお

    その他

    祀られている主な神社

    出水神社
    (熊本県中央区水前寺公園8−1)