細川韶邦
ほそかわよしくに
- 歴史的人物
- 男神・男性

永青文庫所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主(熊本藩)
江戸 [1835年~1876年]
細川韶邦とは?
細川韶邦(1835-1876)は江戸時代末期の人物。父は細川斉護で、肥後国熊本藩の第11代藩主および熊本藩細川家12代に当たる。世の中が尊皇攘夷運動に盛り上がるなか、韶邦の動きは消極的であった。高杉晋作が小倉藩を攻撃したときは、小倉藩側に与して参戦するも、旗色が悪くなると即座に撤退。戊辰戦争が起こったときは佐幕派として戦ったが、尾張藩が新政府軍につくとの情報を得ると直ちに恭順を示し、各地に派兵したと伝わっている。また、韶邦が家督を継いだときの名は慶順であり、これは時の将軍徳川家慶から一字をいただいたものだという。それ故に、維新の後は新政府へ与する意思を示すためにこれを返上し、韶邦と改めたという。版籍奉還により熊本藩知事に任命されるも、かつて佐幕派であったことを理由に弟の護久に譲り、自らは隠居を選んだ。韶邦と神道の繋がりとして、熊本県護國神社(熊本県熊本市)が挙げられる。この前身である花岡山招魂社は明治天皇の勅旨により、韶邦と護久が創建したものである。 韶邦自身は、出水神社(熊本県熊本市)に祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
細川慶順ほそかわよしゆき
その他
祀られている主な神社
出水神社
(熊本県中央区水前寺公園8−1)
