細川宣紀
ほそかわのぶのり
- 歴史的人物
- 男神・男性

永青文庫所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主(熊本藩)
江戸 [1676年~1732年]
細川宣紀とは?
細川宣紀(1676-1732)は江戸時代中期の第4代熊本藩主。熊本藩の支藩である熊本新田藩主細川利重の次男である。父利重は第3代藩主細川綱利の弟であり、熊本藩より3万5千石を分与され立藩した江戸在住の定府大名であった。宣紀は叔父にあたる3代藩主綱利の実子が早世したために養子として迎えられたうえ家督を継承し4代藩主となっている。しかし、宣紀の治世の大半は飢饉や旱魃、台風や地震などの災いに悩まされ、また、幕府からの重い普請なども命じられ苦しめられることになる。宣紀は多くの側室を持ち、8男13女をもうけ、その中から第5代、第6代の藩主を輩出している。特に第6代藩主となった細川重賢は、「紀州の麒麟,肥後の鳳凰」という言葉で紀州藩第9代藩主徳川治貞と並び称される名君となった。突出した功績の無い宣紀にとっては最大の功労と言うことができる。 宣紀は熊本市にある細川家歴代の当主を祀る出水神社に配祭神として祀られている。出水神社は1878年に細川藤孝則卿、興卿、忠利重の4柱を主祭神として創建され、その後、歴代の細川家当主が合祀された神社である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
細川利武ほそかわとしたけ
その他
祀られている主な神社
出水神社
(熊本県中央区水前寺公園8−1)
