細川藤孝
ほそかわふじたか
- 歴史的人物
- 男神・男性

以心崇伝(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング655位
- 大名
- 歌人
戦国~江戸 [1534年~1610年]
細川藤孝とは?
細川藤孝(1534-1610)は戦国時代から江戸時代にかけての人物。父は三淵晴員で母は沼田麝香、息子に忠興らがいる。幼い頃は母方の血筋で国学者、医学者の清原宣賢のもとで学んだとされる。他にも、剣術は塚原卜伝に、弓術は吉田雪荷らに、弓馬故実は武田信豊にと、その道のエキスパートからの英才教育を受けていた。更に茶道は武野紹鴎に学ぶなど、文化芸術面においても当時最高の教育人であったという。はじめは足利義輝に仕えていたが、永禄の変を機に明智光秀を通して織田信長に助力を乞うことになった。以降は信長に付き従い、かつての主君である足利義昭と信長が対立したときも信長側についた。武人としての武功は数多く、信長の武将として畿内各地を転戦したと伝わっている。一方、藤孝は前述したように文化人としても名高い。特に歌人としての才能に優れ、細川幽斎の雅号で知られる。歌道の一つ、二条流の唯一の伝承者として近世歌学を大成させた。藤孝はかつて、長岡天満宮(京都府長岡京市)内の長岡大明神に祀られていた。桂御別業記には、八条宮第2代智忠親王八条宮が下桂の御茶屋を整備した際、園林堂を造り藤孝の像を納めたと記されている。この記録は、代々の宮宅にとっても藤孝が特別な存在であったことを伝えている。 藤孝は現在、出水神社(熊本県熊本市)に祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
細川藤孝ほそかわふじたか
その他
長岡藤孝ながおかふじたか
その他
祀られている主な神社
蒲生八幡宮
(福岡県小倉南区蒲生5丁目6−10)
代継宮
(熊本県北区龍田3丁目25−1)
出水神社
(熊本県中央区水前寺公園8−1)
出水神社
(大分県大分市東鶴崎三丁目5番16号)
