鰐鳴八幡宮 - 神社ファン

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鰐鳴八幡宮

わになきはちまんぐう

山口県山口市上小鯖五八三番地

山口県山口市上小鯖五八三番地

かんたんご利益

ご利益

自分たちの住む地域をお守りくださる神様

御祭神

主神

主神

主神

合祀神

合祀神

合祀神

合祀神

合祀神

合祀神

合祀神

合祀神

合祀神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
他に 「妙見信仰系」 「年神系」 「おかみ系」 「不明(1柱)」 「祇園・須佐系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

鰐鳴八幡宮は山口県山口市に鎮座する神社。御祭神は八幡大神、足仲彦神、神功皇后、仁徳天皇、天御中主神、大歳神、高龗神、天水分神、国分水神、肆長津彦神、肆長戸辺神、須佐之男命の12柱をまつる。
社格は旧郷社。
社伝では、鰐鳴八幡宮は平安時代中期の寛弘・長和年間(1004年-1016年)に、豊前国宇佐八幡宮から勧請されたと伝えられている。鰐鳴八幡宮では寛弘元年(1004年)を創建年としており、現在も式年祭が斎行されている。
伝承によれば、宇佐から勧請された八幡大神は、山口湾から椹野川を遡って当地へ至り、山口の鰐石に上陸したという。その際、ここまで従ってきた鰐が別れを惜しんで鳴いたことから、「鰐鳴八幡宮」の社名が生まれたと伝えられている。
勧請には、刈屋・原田・伊藤の3家が関わったとされる。当時の氏子範囲は沖目の諸村に及び、小俣・大道など7村に広がっていた。正治元年(1199年)には、小鯖の氏子と小俣の氏子との間で争論が起こった。祭礼の際に御符を奉持していた小俣の氏子が、その御符を八幡宮へ返還せず、小俣の地で御神体として祀ったことにより、小俣八幡宮が創立されたと伝えられている。以後、小俣八幡宮は小鯖八幡宮の末社となった。
中世以降の鰐鳴八幡宮には、社領安堵に関する記録が残されている。『防長風土注進案』には、文安5年(1448年)の大内教弘、永禄3年(1560年)の毛利隆元、永禄10年(1567年)の毛利輝元による社領安堵状の存在が記されている。
本殿・拝殿、附指定の宮殿および棟札は、平成6年(1994年)7月21日に山口市指定有形文化財に指定された。本殿は向拝付三間社流造で、屋根は鉄板葺である。明治28年(1895年)の取調書には、貞享3年(1686年)9月に改造されたことが記録されている。
拝殿は楼門形式で、正面に向唐破風を備える。出組斗栱や二軒の軒廻りを備えた建築で、棟札によって寛政3年(1791年)9月6日の建立であることが確認されている。例祭は10月最終日曜日に行われ、春祭は4月16日に近い前の日曜日、風鎮祭は8月18日に斎行されている。
  • 郷社
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出典
公式サイト
http://o3880000goo.web.fc2.com/
山口県神社庁
http://www.yamaguchi-jinjacho.or.jp/