シナツヒコ
しなつひこ
- 神話・伝説
- 男神・男性

玉蘭斎貞秀(神佛図會)
祭神ランキング89位
シナツヒコとは?
シナツヒコは記紀神話に登場する風の神である。『古事記』では志那都比古神《しなつひこのかみ》、『日本書紀』では級長津彦命と記される。『古事記』ではイザナギとイザナミの神生みによって誕生した。一方、『日本書紀』の一書では、イザナギとイザナミが朝霧を吹き払った息から風神が生まれ、級長戸辺命《しなとべのみこと》、またの名を級長津彦命としたと伝えられている。
神名の「シナ」は長い息や風、「ツ」は助詞、「ヒコ」は男神を表すと考えられている。風は雲を運び雨をもたらして農作物を育てる一方、暴風となれば田畑や建物に大きな被害を与える。そのため風を鎮め、適度な風雨をもたらす風神は古くから農耕に欠かせない神として信仰された。また、帆船を動かす風を司ることから、航海を守る神としても信仰されている。
『日本書紀』では級長戸辺命を級長津彦命の別名とするが、後世の神社信仰ではシナツヒコとシナトベを男女一対の風神として祀る例がある。龍田大社では天御柱大神と国御柱大神の二柱を祀り、それぞれ志那都比古神、志那都比売神とも称される。二柱は風を司り、五穀豊穣や風水害除けなどの神として信仰されている。
伊勢神宮でもシナツヒコとシナトベが風の神として祀られている。内宮の風日祈宮はもと「風神社」と呼ばれていたが、元寇の際に神風を起こして日本を守った神として信仰され、正応6年(1293)に宮号が宣下されたと伝えられる。外宮の風宮にも同じ風の神々が祀られている。
こうした神話や信仰から、シナツヒコは風雨順調、五穀豊穣、風水害除け、航海安全などの神として信仰され、現在では航空安全なども祈願されている。シナツヒコは、龍田大社(奈良県生駒郡三郷町)、伊勢神宮内宮の風日祈宮(三重県伊勢市)、外宮の風宮(三重県伊勢市)などで祀られている。
エピソード
『古事記』では、イザナギとイザナミが国生みを終えた後、自然を司る神々を次々に生んだ。その中で、風の神として誕生したのが志那都比古神である。『古事記』は風神であることを記すだけで、どのように風が生まれたのかまでは説明していない。
『日本書紀』の一書では、イザナギとイザナミが吹き出した息が神となり、級長戸辺命《しなとべのみこと》と名づけられ、またの名を級長津彦命としたと伝える。人が吐く息は目に見えないが、物を揺らし、音を生じさせる。天地の創造神が吹き出した息を、世界を動かす風の起源として表した神話である。
シナツヒコの神名にある「シナ」は、息を長く吹くことや風を表すと考えられている。「ツ」は「の」、「ヒコ」は男神を意味し、全体では風を司る男神という意味になる。ただし、神名の語源には複数の説があり、一つに定まっているわけではない。
風は姿を見ることができず、木々や雲、水面の動きによって存在を知る。シナツヒコにも容姿や持ち物を説明する記述はなく、息から生まれた見えない力そのものが神格化されている。風袋を担いだ風神の姿は後世に広まった表現であり、記紀のシナツヒコとは区別する必要がある。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業「志那都比古神」
『日本書紀』の一書では、イザナギとイザナミの息から生まれた風神をシナトベ《級長戸辺命》と呼び、またの名をシナツヒコ《級長津彦命》とする。この記述に従えば、シナトベとシナツヒコは別々の男女神ではなく、同じ風神の二つの名である。
一方、龍田大社や伊勢神宮では、シナツヒコを男神、シナトベを女神として、ともに祀っている。龍田大社ではシナツヒコを天御柱大神、シナトベを国御柱大神と称し、伊勢神宮でも二柱を一組の風神として祀る。現在の神社信仰では、男女一対の神として定着しているのである。
風には天から地上へ吹き下ろすもの、地表を渡って吹き抜けるものがある。また、暖かい風と冷たい風、海からの風と山からの風など、異なる働きを持つ風が重なって天候を形作る。二柱を天と国の柱にたとえて祀る信仰には、あらゆる方向の風を整え、天地の秩序を守る願いが込められている。
古典の別名関係と、神社で発展した男女一対の信仰は、どちらかが誤りというものではない。一柱の風神を複数の名で表した古代の伝承が、祭祀の中で男神と女神に分かれ、力を合わせて風を治める二柱として信仰されるようになったと考えられる。
出典・参考:『日本書紀』、龍田大社公式サイト「御祭神」、伊勢神宮公式サイト「風日祈宮」「風宮」
奈良県生駒郡三郷町の龍田大社では、シナツヒコを天御柱大神、シナトベを国御柱大神の名で主祭神として祀っている。二柱は天地の間を満たす風を司り、龍田の風神として古くから朝廷の崇敬を受けてきた。
龍田大社の社伝では、崇神天皇の時代に国内で凶作や疫病が続いた際、天御柱大神と国御柱大神が天皇の夢に現れた。神託に従って龍田の地に二柱を祀ると、風雨が順調となり、五穀が実ったことを創建の由来としている。これは記紀本文ではなく、龍田大社に伝わる鎮座伝承である。
稲作では、風が雲を運んで雨を降らせ、稲の受粉を助ける。しかし、収穫前に強風が吹けば稲は倒れ、長雨や暴風は大きな被害をもたらす。古代の人々にとって、風を鎮めることは豊作と国の安定に直結する重要な祈りだった。
朝廷では、龍田の風神へ風雨順調と五穀豊穣を祈る風神祭が行われた。『延喜式』にも龍田の風神を祀る祭祀が定められており、国家的な祭りとして重視されていた。シナツヒコは風を起こすだけの神ではなく、必要な風を送り、作物を損なう暴風を鎮める神として祀られたのである。
出典・参考:『延喜式』、龍田大社公式サイト「御由緒」「御祭神」、奈良県歴史文化資源データベース「龍田大社」
伊勢神宮では、内宮の風日祈宮《かざひのみのみや》と外宮の風宮《かぜのみや》に、シナツヒコとシナトベを祀っている。風日祈宮は天照大神を祀る内宮の別宮、風宮はトヨウケビメ《豊受大御神》を祀る外宮の別宮であり、二柱の風神が内外両宮を守っている。
二つの宮は、もとは風神社と呼ばれる小さな社だった。鎌倉時代の元寇では、朝廷からの勅命によって伊勢神宮でも敵軍退散の祈願が行われた。蒙古軍の船団が暴風によって大きな被害を受けると、その風は風神の加護による神風と受け止められた。
国難を救った功績により、正応六年(1293)に内宮の風神社は風日祈宮、外宮の風神社は風宮として別宮へ昇格した。風を司るシナツヒコとシナトベへの信仰が、農作物を育てる風雨の祈りから、国土を外敵から守る国家守護の信仰へ広がった出来事である。
現在も風日祈宮と風宮では、風雨順調と五穀豊穣が祈られている。風は帆船を進め、海を渡る力となる一方、暴風となれば大きな災害を起こす。シナツヒコは人々に恵みをもたらす風を送り、害をなす風を鎮める神として、航海安全、航空安全、災害除けの信仰も集めている。
出典・参考:伊勢神宮公式サイト「風日祈宮」「風宮」、神宮司庁編『伊勢神宮』
出典文献
古事記
先代旧事本紀
神格
ご神徳
別称・異称
しなつひこのかみ
古事記
級長津彦神しなつひこのかみ
先代旧事本紀
志那津彦命しなつひこのみこと
その他
志那津比古命しなつひこのみこと
その他
志那津毘主命しなつひこのみこと
その他
志那都比古命しなつひこのみこと
その他
級津彦命しなつひこのみこと
その他
級津比古神しなつひこのかみ
その他
関連する神様
神様グループ
祀られている主な神社
龍田大社
(奈良県三郷町立野南1-29-1)
御前姫神社
(宮城県涌谷町猪岡短台字大谷地54 )
小物忌神社
(山形県酒田市飛島字中村甲178)
小物忌神社
(山形県酒田市山楯字三之宮48)
鹿島御子神社
(福島県南相馬市鹿島区鹿島字町199)
