十三神社 - 神社ファン

有名度

前頭

十三神社

じゅうさんじんじゃ

和歌山県海草郡紀美野町野中493番地

和歌山県海草郡紀美野町野中493番地

本殿

Thirteen-fri(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

十三神社以外にも 神野宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 安全
十三神社には

「健康系」「仕事系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国土安泰 延命長寿 無病息災 海上安全 諸産業守護

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

十二所系」 「三島・大山祇系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

十三神社は和歌山県海草郡紀美野町に鎮座する神社。御祭神は國常立尊、國狭槌尊、豊雲野尊、泥土煮尊、沙土煮尊、大戸導尊、大戸間邊尊、面足尊、惶根尊、伊弉諾尊、伊弉册尊、天照大日尊、天忍穂耳尊、彦火瓊々杵尊、彦火々出見尊、鸕鶿草葺不合尊、大山祇神の17柱をまつる。
社格は旧社。
社伝では、延暦3年(784年)に神野郷の人々が官許を得て、神世七代と神代五代の大神を祀ったことに始まると伝えられる。創建時は十二社大権現と称したとされる。康治2年(1143年)の「神野真国荘絵図」にはすでに「十三所大明神」の名が見え、安貞2年(1228年)の「高野山衆徒置文」には「庄内神社十三所」と記されている。
天正年間(1573年〜1592年)には、伊予国の河野道直と子の秀道が長宗我部元親との戦いに敗れ、神野庄上ヶ井に至ったという伝承がある。道直は伊予国一の宮である大山祇大神を信奉していたとされる。天正17年(1589年)、神野庄の人々との合議と高野山の許可を経て、大山祇神が十二社大権現に合祀されたと伝えられ、その後は十三社大権現、十三所大権現と称されるようになった。
江戸時代には遷宮の記録が残る。岡本家に伝わる古文書から棟札の写しが見つかっており、貞享2年(1685年)以降の約120年間に5回の遷宮と屋根の葺き替えが行われたことが確認されている。明治27年(1894年)までの間にも、複数回の遷宮および修復の記録が残されている。
明治初期の上知令により、約2万4千平米あった社有地の大部分が国有地となり、玉垣内の約1700平米のみが残された。明治18年(1885年)には玉垣周囲および社殿背後の鎮守の森の一部が返還され、社有地は約4000平米まで回復した。
十三神社では、本殿、摂社丹生神社本殿、摂社八幡神社本殿の3棟が、昭和44年(1969年)3月12日に国の重要文化財に指定されている。員数は3棟、種類は有形文化財(建造物)で、時代は室町後期から桃山とされる。本殿は三間社流造、檜皮葺であり、摂社2棟は一間社春日造、檜皮葺である。3棟は本殿を右にして並び、各部に極彩色が施されている。八幡神社本殿からは永禄4年(1561年)の墨書が確認されている。
祭事として、春祭りは4月20日、夏祭りは7月20日に行われる。秋の例大祭は10月第3または第4日曜日であり、本来は20日とされる。
  • 村社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 三間社流造檜皮葺

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%B8%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
和歌山県神社庁
https://wakayama-jinjacho.or.jp/