宇多須神社 - 神社ファン

有名度

前頭上位

宇多須神社

うたすじんじゃ

石川県金沢市東山1丁目30-8

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石川県金沢市東山1丁目30-8

拝殿

Akimoto(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

拝殿と扁額

kamuhogi

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 健康
  • 仕事
  • 金運
  • 子供
  • 安全
  • 勝負
宇多須神社には

「恋愛系」「健康系」「仕事系」「金運系」「子供系」「安全系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 縁結び 諸願成就 必勝祈願 国家守護 商売繁盛 子授け 海上安全 豊漁 財運向上 諸産業守護 病気平癒 漁業守護 航海守護

御祭神

高皇産靈神 たかみむすひのかみ
武甕槌男命 たけみかづちのおのみこと
大國主神 おおくにぬしのかみ
市杵嶋姫命 いちきしまひめのみこと
大山祇命 おおやまつみのみこと
八重言代主命 やえことしろぬしのみこと
少彦名神 すくなびこなのかみ
宇迦之御魂命 うかのみたまのみこと
豐受大神 とようけおおかみ
崇徳天皇 すとくてんのう

神社系統

この神社の主な系統は

産霊系」 「鹿島系」 「出雲・オオナムチ系」 「宗像・厳島系」 「三島・大山祇系」 「少彦名系」 「稲荷系」 「金毘羅系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

宇多須神社は石川県金沢市に鎮座する神社。御祭神は高皇産靈神、武甕槌男命、大國主神、市杵嶋姫命、大山祇命、八重言代主命、少彦名神、宇迦之御魂命、豐受大神、崇徳天皇の10柱をまつる。
社格は旧県社。
社伝では、養老2年(718)、卯辰山の一本松付近に多聞天社として創建されたと伝えられている。現在の浅野川にあたる佐和田川のほとりにある小丘から古鏡が出土し、その裏面に卯と辰の文様が刻まれていたことから、卯辰神としてまつったという。
慶長4年(1599)、加賀藩初代藩主の前田利家が没すると、2代藩主前田利長は社殿を造営して卯辰八幡宮と称し、越中国でまつっていた八幡神と神明神の神霊を遷し、前田利家の神霊も合祀した。以後、前田家歴代藩主の祈祷所となった。
江戸時代には、神主を務めた厚見氏が加賀藩の神社行政を担った。慶安元年(1648)には触頭として石川郡・河北郡の神職を統轄し、寺社奉行の命令を各神社へ伝えた。宇多須神社には、藩主前田家からの祈祷依頼状や寺社奉行の達書、前田利常の礼状、厚見氏を触頭に任じた申付状などが伝来している。境内で催された相撲や曲芸、からくり、浄瑠璃の興行を許可した文書も残る。「星祭」は王政復古後に「名越祓」へ改称された。
延享3年(1746)、卯辰山にまつられていた毘沙門天が境内へ遷され、「毘沙門さん」の通称でも親しまれるようになった。明治6年(1873)には前田利家の神霊が尾山神社へ遷座し、明治33年(1900)には卯辰山の古名にちなみ、社名を宇多須神社へ改めた。
宇多須神社には加賀藩や前田家に関する古文書や武具、祭器などが伝来し、「宇多須神社文書」と「宇多須神社関係資料」は平成30年(2018)に金沢市指定文化財となった。宇多須神社文書は384点からなり、文禄3年(1594)の口宣案や藩主家の祈祷関係文書などを含む。関係資料には、慶応3年(1867)の天満宮遷座祭で使用された宝船型曳山の龍頭や刀剣、祭器、写真などが伝わっている。
境内奥には「利常公酒湯の井戸」があり、5代藩主前田綱紀が病の際、この井戸の水を用いた酒湯によって平癒したと伝えられる。毎年2月の節分祭では、ひがし茶屋街の芸妓衆による奉納が行われ、福豆まきが執り行われている。
  • 県社
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神社詳細

摂末社・境内社

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%B2%A2%E4%BA%94%E7%A4%BE
石川県神社庁
https://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/