倭文神社 群馬県 - 神社ファン

有名度

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倭文神社

しどりじんじゃ

群馬県伊勢崎市東上之宮町甲380番地

群馬県伊勢崎市東上之宮町甲380番地

拝殿

Saigen Jiro (wikipedia CC0)

倭文神社以外にも 上之宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
倭文神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

織物業の守護 商売繁盛

御祭神

主祭神

配祀神

配祀神

配祀神

配祀神

配祀神

配祀神

配祀神

配祀神

配祀神

神社系統

この神社の主な系統は

倭文系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

倭文神社は群馬県伊勢崎市に鎮座する神社。御祭神は主祭神に天羽槌雄命をまつり、配祀神に倉稲魂命、木花咲耶姫命、誉田別命、菅原道真命、大己貴命、素盞鳴命、豊受姫命、大山祇命、菊理姫命の計10柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
創建については、社伝では第11代垂仁天皇の御宇3年(伝)と伝承されるが、明確な証拠は存在せず、不詳である。神名「しどり」は「しずおり」の略であり、天羽槌雄命は織物に関わる倭文部(しどりべ)の氏神とされる。倭文部が当地に移り住み祀ったとの伝承がある。鎮座地の「上之宮」の地名も当社に由来し、対岸の火雷神社(上野国八宮、下之宮)と「上下の宮」として対になる関係にある。中世の利根川変流までは両社は地続きであったとも伝わる。『日本三代実録』貞観元年(859年)には「正六位上委文神」として官社に列し、従五位下に昇叙された記録がある。延喜5年(927年)成立の『延喜式』神名帳にも掲載され、上野国の九宮と称えられた。また、長元3年(1030年)の『上野国交替実録帳』には「正三位倭文明神社」との記事がある。『神道集』(南北朝時代成立)には九宮としての言及もある。戦国時代には兵火により社殿が焼失し、社家も離散した。江戸時代に入り、寛永年間(1624~1644年)には別当寺として慈眼寺が定められ、慶安元年(1648年)には朱印地10石を賜って再興された。享保12年(1727年)に八代将軍吉宗の許可のもとに社殿が再建され、かつての荘厳な社殿が復活したが、慶応2年(1866年)11月9日に再び火災に遭い焼失した。その後、明治13年(1880年)10月24日に現存の社殿が上棟再建された。近代では神仏分離令により別当制度が廃止され、神職による祭祀へ転換。郷社に列し、神饌幣帛料供進神社にも指定され、戦後は社格が失われたものの、地域の鎮守として純粋な神社として現在に至っている。
  • 九宮(上野国)
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E6%96%87%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E5%B4%8E%E5%B8%82)
群馬県神社庁
https://www.gunma-jinjacho.jp/