都留彌神社 - 神社ファン

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都留彌神社

つるみじんじゃ

大阪府東大阪市荒川3-20-18

大阪府東大阪市荒川3-20-18

かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「天満・天神系」 「不明(2柱)」 「祇園・須佐系」 「伊勢・神明系」 「少彦名系」 「鹿島系」 「稲荷系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

都留彌神社は大阪府東大阪市に鎮座する神社。御祭神は速秋津日子神、速秋津比売神、菅原道真、推古天皇、素盞嗚命、豊受姫神、少彦名命、武甕槌命、保食神、三穗彦命の10柱をまつる。
社格は式内社であり、旧村社。
創建年代は明確ではないが、少なくとも9世紀には史料に名が見え、古くから地域で信仰されてきた神社である。延喜10年(910年)、河内国が大干ばつに見舞われた際には、朝廷の命による雨乞い祈願の対象となった12社の1つに数えられたと伝えられる。祈雨の後に神位と社号を賜ったとする伝承も残り、古くから地域の水と生活に深く関わる神社として崇敬されてきた。
社名の由来については、かつて大和川に存在した「都留美島」と呼ばれる島にちなむとする説が伝えられている。ただしこれは伝承であり、創始の具体的経緯を示す確実な史料は明らかではない。中世以降には菅原道真が相殿に祀られ、天神社とも称された。
近代になると神社の統合や移転が行われた。明治5年(1872年)には永和の素盞嗚命神社を合祀し、明治18年(1885年)の淀川洪水では宝物や古文書の多くが失われたと伝えられる。さらに大正3年(1914年)には鹿島神社、産土神社、大歳神社、子守神社、稲荷神社、天神社などを合祀し、旧鹿島神社の地である現在地へと遷座した。もとの鎮座地は足代1丁目で、現在は布施戎神社と都留彌神社御旅所の地となっている。
現在の本殿は住吉造で、この地域では珍しい一間社住吉造銅板葺の社殿である。境内には拝殿、神楽殿、社務所、筆塚、御神庫、遥拝所などが整い、地蔵堂が残る点には神仏習合時代の名残もうかがえる。戦時中には焼夷弾の被害を免れたとされ、昭和初期の社殿が現在まで守り伝えられている。祭事としては毎年10月16日に秋季例大祭が行われ、地域の氏神としての信仰が今も続いている。
  • 村社
  • 式内社(不明)
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 住吉造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E7%95%99%E5%BD%8C%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/