露天神社 - 神社ファン

有名度

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露天神社

つゆのてんじんじゃ

大阪府大阪市北区曽根崎2-5-4

😞 🙁 😐 🙂 😄

大阪府大阪市北区曽根崎2-5-4

夜の鳥居と拝殿

Oilstreet(wikipedia CC 表示 2.5)

露天神社以外にも お初天神 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 恋愛
  • 健康
  • 仕事
  • 学業
  • 勝負
露天神社には

「恋愛系(有名)」「健康系(有名)」「仕事系」「学業・技芸系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

医学 薬学 病気平癒 商売繁盛 造酒 温泉 国土経営 武運長久 結縁 勉学 学問

御祭神

少彦名大神 すくなひこなのおおかみ
大己貴大神 おおなむちのおおかみ
天照皇大神 あまてらすすめおおかみ
豊受姫大神 とようけひめのおおかみ
菅原道真公 すがわらみちざねこう

神社系統

この神社の主な系統は

「少彦名系」 「出雲・オオナムチ系」 「伊勢・神明系」 「天満・天神系」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

露天神社は大阪府大阪市北区に鎮座する神社。御祭神は少彦名大神、大己貴大神、天照皇大神、豊受姫大神、菅原道真公の5柱をまつる。
社格は旧郷社。
創建は大宝元年(701)頃と伝えられる。当地は古く曽根洲と呼ばれる島で、島中に小祠が祀られていたという。南北朝時代になると周辺の陸地化が進み、北渡辺国分寺に住んでいた渡辺氏の一族が移住して田畑を開き、神社を鎮守として曽根崎村が形成されたと伝わる。
昌泰4年(901)、菅原道真が大宰府へ向かう途中に当地を通ったとの伝承が残る。道真が都を思って詠んだ歌にある露の語から、露天神社の社名が生まれたという説がある。また、梅雨の時期に境内の井戸から清水が湧き出したため、露の天神と呼ばれるようになったという説も伝わる。境内には現在も神泉露の井戸が残されている。
旧記によれば、文明5年(1473)と天文3年(1534)に社殿が再建された。元和元年(1615)の大坂夏の陣では兵火によって社殿を焼失し、元和8年(1622)に渡辺氏によって再建された。
元禄16年(1703)、露天神社の境内で堂島新地天満屋の遊女お初と、内本町の醤油屋平野屋の手代徳兵衛が心中した。近松門左衛門はこの事件を題材に人形浄瑠璃『曽根崎心中』を書き、同年に初演された。『曽根崎心中』が広まると、主人公のお初の名から露天神社もお初天神と呼ばれるようになった。
明治42年(1909)の北の大火では曽根崎周辺が被災し、その後、周辺に祀られていた神社の一部が露天神社へ合祀された。昭和20年(1945)には大阪大空襲によって社殿を焼失した。現在の社殿は昭和32年(1957)に再建されたもので、平成5年(1993)には社務所や参集殿などを含む境内の整備が行われた。
境内には『曽根崎心中』のお初と徳兵衛を慰霊する碑があり、平成16年(2004)には2人が寄り添う姿を表したブロンズ像が建立された。境内社には開運稲荷社、難波神明社、金刀比羅宮・水天宮などが鎮座する。開運稲荷社には、明治42年(1909)の北の大火後、周辺に祀られていた稲荷社が合祀されている。
7月には夏祭が斎行され、第3金曜日が宵宮、第3土曜日が本宮となる。また、4月7日には『曽根崎心中』のお初と徳兵衛を慰霊する祭典が行われている。
  • 郷社
  • 日本七神明
  • 菅公聖蹟二十五拝(第11番)
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

末社 金刀比羅宮・水天宮
天乃御中主大神
安徳天皇
大物主大神
崇徳天皇
住吉大神
末社 開運稲荷社
玉津大神
天信大神
融通大神
磯島大神
末社 難波神明社
天照皇大神
豊受姫大神

例祭

初参り 1月1日
節分祭 2月3日
お初と徳兵衛祭り 4月7日
お初天神 蚤の市 毎月第1金曜日
例大祭(夏祭) 7月第3金・土曜日

文化財

情報募集

建築

本殿 神明造

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.tuyutenjin.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%B2%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/