有名度
小結建部大社
たけべたいしゃ
滋賀県大津市神領1-16-1
滋賀県大津市神領1-16-1

Bakkai(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
建部大社は、近江国一宮として古くから崇敬を集め、日本武尊をお祀りする由緒ある神社です。開運厄除や必勝のご利益で知られ、境内には源頼朝ゆかりの出世水をはじめ、御神木の三本杉、県内最古とされる石灯籠、菊花石や願い石など見どころが点在する神社です。
かんたんご利益
- 恋愛
- 健康
- 仕事
- 金運
- 厄除
- 家庭
- 勝負
建部大社には
「恋愛系」「健康系」「仕事系」「金運系」「厄除・開運系(有名)」「家庭系」「勝負系(有名)」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
開運 出世 必勝 厄除 災難除 縁結び 商売繁盛 金運 家内安全 病気平癒 醸造
御祭神
本殿
日本武尊 やまとたけるのみこと
権殿
大己貴命 おおなむちのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「建部系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
建部大社は滋賀県大津市にある神社。本殿に日本武尊、権殿に大己貴命をまつる。
社格は式内社(名神大社)で近江国一宮。旧官幣大社で、現在は別表神社。
琵琶湖の南端、瀬田川のほとりに鎮座する近江を代表する古社である。旧称は「建部神社」で、「建部大明神」などとも称された。日本武尊を主祭神とし、古くから武門の崇敬を集め、現在は出世開運や除災厄除などの信仰でも知られている。
社伝によると、創建は景行天皇46年(116)にさかのぼる。日本武尊が亡くなった後、妃の布多遅比売命に神勅があり、子の建部稲依別命とともに暮らしていた「千草嶽」の地に日本武尊をまつり、「建部大神」と称したことを起源とする。
天武天皇4年(675)には、近江国府に近い瀬田の現在地へ遷座したと伝えられる。瀬田は古代から東国と畿内を結ぶ交通の要衝であり、建部大社は近江の守護神として崇敬され、後に近江国一宮として篤い信仰を集めるようになった。
天平勝宝7歳(755)には大和国の大神神社から大己貴命を勧請し、権殿にまつったと伝えられている。平安時代には朝廷から神階を授けられ、延長5年(927)成立の『延喜式神名帳』では名神大社に列するなど、近江を代表する神社として重んじられた。
建部大社は歴代の武家からも篤く崇敬された。平治の乱に敗れた源頼朝が永暦元年(1160)、14歳で伊豆へ流される途中に建部大社へ立ち寄り、源氏再興と前途を祈願したと伝えられている。その後、平氏を滅ぼして鎌倉幕府を開いた頼朝は建久元年(1190)に再び参詣し、神宝や神領を寄進したという。この故事から、建部大社は出世開運の神としても信仰されるようになった。
近代には官幣大社に列格し、戦後は神社本庁の別表神社となった。長く「建部神社」と称していたが、昭和52年(1977)に現在の「建部大社」へ改称している。
建部大社は紙幣の図柄となった神社としても知られる。昭和20年(1945)に発行された日本初の千円紙幣には、祭神である日本武尊の肖像とともに建部神社の本殿が描かれ、近江国一宮としての歴史を象徴するものとなった。
境内には鎌倉時代の文永7年(1270)に造られた石燈籠が残り、国の重要文化財に指定されている。また平安時代に制作された木造女神坐像と小女神坐像も伝わり、古代から中世にかけての神祇信仰を伝える貴重な文化財として国の重要文化財に指定されている。
境内の御神木として知られる三本杉には、天平勝宝7歳(755)に大己貴命を勧請した際、一夜にして成長したという伝承が残る。また源頼朝が参詣した故事にちなむ「源頼朝公出世の水」があり、頼朝の源氏再興と結びついた出世開運の信仰を現在に伝えている。
毎年8月17日には建部大社を代表する祭礼「船幸祭」が行われる。大神輿を載せた御座船が供船を従えて瀬田川を進む水上祭で、日本武尊の東征における海路の故事にちなむとされる。瀬田川の水面を神輿船が進む壮麗な祭礼で、大津三大祭のひとつに数えられている。
日本武尊をまつる建部大社は、古代から近江の守護神として崇敬され、近江国一宮として朝廷や武家の信仰を集めてきた。源頼朝の源氏再興にまつわる伝承や瀬田川を舞台とする船幸祭など、祭神である日本武尊と武門の歴史、水上交通の要衝であった瀬田の土地柄が結びついた古社である。
社格は式内社(名神大社)で近江国一宮。旧官幣大社で、現在は別表神社。
琵琶湖の南端、瀬田川のほとりに鎮座する近江を代表する古社である。旧称は「建部神社」で、「建部大明神」などとも称された。日本武尊を主祭神とし、古くから武門の崇敬を集め、現在は出世開運や除災厄除などの信仰でも知られている。
社伝によると、創建は景行天皇46年(116)にさかのぼる。日本武尊が亡くなった後、妃の布多遅比売命に神勅があり、子の建部稲依別命とともに暮らしていた「千草嶽」の地に日本武尊をまつり、「建部大神」と称したことを起源とする。
天武天皇4年(675)には、近江国府に近い瀬田の現在地へ遷座したと伝えられる。瀬田は古代から東国と畿内を結ぶ交通の要衝であり、建部大社は近江の守護神として崇敬され、後に近江国一宮として篤い信仰を集めるようになった。
天平勝宝7歳(755)には大和国の大神神社から大己貴命を勧請し、権殿にまつったと伝えられている。平安時代には朝廷から神階を授けられ、延長5年(927)成立の『延喜式神名帳』では名神大社に列するなど、近江を代表する神社として重んじられた。
建部大社は歴代の武家からも篤く崇敬された。平治の乱に敗れた源頼朝が永暦元年(1160)、14歳で伊豆へ流される途中に建部大社へ立ち寄り、源氏再興と前途を祈願したと伝えられている。その後、平氏を滅ぼして鎌倉幕府を開いた頼朝は建久元年(1190)に再び参詣し、神宝や神領を寄進したという。この故事から、建部大社は出世開運の神としても信仰されるようになった。
近代には官幣大社に列格し、戦後は神社本庁の別表神社となった。長く「建部神社」と称していたが、昭和52年(1977)に現在の「建部大社」へ改称している。
建部大社は紙幣の図柄となった神社としても知られる。昭和20年(1945)に発行された日本初の千円紙幣には、祭神である日本武尊の肖像とともに建部神社の本殿が描かれ、近江国一宮としての歴史を象徴するものとなった。
境内には鎌倉時代の文永7年(1270)に造られた石燈籠が残り、国の重要文化財に指定されている。また平安時代に制作された木造女神坐像と小女神坐像も伝わり、古代から中世にかけての神祇信仰を伝える貴重な文化財として国の重要文化財に指定されている。
境内の御神木として知られる三本杉には、天平勝宝7歳(755)に大己貴命を勧請した際、一夜にして成長したという伝承が残る。また源頼朝が参詣した故事にちなむ「源頼朝公出世の水」があり、頼朝の源氏再興と結びついた出世開運の信仰を現在に伝えている。
毎年8月17日には建部大社を代表する祭礼「船幸祭」が行われる。大神輿を載せた御座船が供船を従えて瀬田川を進む水上祭で、日本武尊の東征における海路の故事にちなむとされる。瀬田川の水面を神輿船が進む壮麗な祭礼で、大津三大祭のひとつに数えられている。
日本武尊をまつる建部大社は、古代から近江の守護神として崇敬され、近江国一宮として朝廷や武家の信仰を集めてきた。源頼朝の源氏再興にまつわる伝承や瀬田川を舞台とする船幸祭など、祭神である日本武尊と武門の歴史、水上交通の要衝であった瀬田の土地柄が結びついた古社である。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
摂社 聖宮神社
景行天皇摂社 大政所神社
播磨稲日大郎姫命摂社 藤宮神社
布多遅比売命摂社 若宮神社
建部稲依別命末社 行事神社
吉備臣武彦大伴連武日
末社 弓取神社
弟彦公末社 箭取神社
石占横立尾張田子之稲置
乳近之稲置
末社 蔵人頭神社(膳夫神社)
七掬脛命末社 大野神社
草野姫命かやひめのみこと
末社 稲荷神社
稲倉魂命いなくらたまのみこと
末社 八柱神社
藤時平融大
事代主命
市杵嶋姫命
素盞男命
豊玉彦命
櫛名多姫命
末社 桧山神社
伊邪那美命いざなみのみこと
大山祇命おおやまつみのみこと
息長足姫命おきながたしひめのみこと
武内宿禰大臣たけしうちのすくねのおおおみ
住吉大神すみのえのおおかみ
例祭
歳旦祭 1月1日
元始祭 1月3日
武富稲荷講社大祭 1月上旬
節分祭 2月3日
護国祭 2月4日
祈年祭 2月17日
例大祭 4月15日
夏越大祓式 6月30日
船幸祭 8月17日
新嘗祭 11月23日
鎮火祭 11月26日
年越大祓式 12月31日
除夜祭 12月31日
元始祭 1月3日
武富稲荷講社大祭 1月上旬
節分祭 2月3日
護国祭 2月4日
祈年祭 2月17日
例大祭 4月15日
夏越大祓式 6月30日
船幸祭 8月17日
新嘗祭 11月23日
鎮火祭 11月26日
年越大祓式 12月31日
除夜祭 12月31日
文化財
木造女神坐像(附 木造小女神坐像2躯)
国 重要文化財
彫刻 明治38年4月4日指定
彫刻 明治38年4月4日指定
石燈籠
国 重要文化財
工芸品 昭和37年6月21日指定
工芸品 昭和37年6月21日指定
建築
本殿 一間社流造
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://takebetaisha.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%BA%E9%83%A8%E5%A4%A7%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
滋賀県神社庁
http://www.shiga-jinjacho.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
http://takebetaisha.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%BA%E9%83%A8%E5%A4%A7%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
滋賀県神社庁
http://www.shiga-jinjacho.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
