大野日吉神社 - 神社ファン

有名度

前頭

大野日吉神社

おおのひよしじんじゃ

石川県金沢市大野町5丁目81

石川県金沢市大野町5丁目81

鳥居と参道

自己(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 厄除
  • 家庭
大野日吉神社には

「仕事系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

四方祓い 商売繁盛 家内安全 厄除け

御祭神

主祭神

大山咋神 おおやまくいのかみ

主祭神

大物主神 おおものぬしのかみ

相殿神

菅原道真公 すがわらみちざねこう

相殿神

火産霊神 ほむすびのかみ

相殿神

罔象女神 みずはのめのかみ

相殿神

埴山姫神 はにやまひめのかみ

相殿神

蛭子神 えびすのかみ

相殿神

保食神 うけもちのかみ

相殿神

金毘羅神 こんぴらしん

神社系統

この神社の主な系統は

日吉・山王系

です。
他に 「天満・天神系」 「愛宕・秋葉系」 「えびす系」 「稲荷系」 「金毘羅系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

大野日吉神社は石川県金沢市に鎮座する神社。御祭神は大山咋神、大物主神、菅原道真公、火産霊神、罔象女神、埴山姫神、蛭子神、保食神、金毘羅神の9柱をまつる。
社格は旧郷社。
社伝によれば、大野日吉神社の起源は奈良時代に遡る。加賀の国の人であった道高古という者が、近江国比叡山(日枝山)に鎮座する日吉大社の大山咋神の御神徳を感じ、この地に分霊を勧請したのが始まりである。創建年は天平5年(733年)と伝えられている。その後、貞観2年(860年)には西本宮の祭神であった大物主神も勧請・合祀され、以降この二柱が主祭神としてまつられることとなった。中世期には、当社は「山王大権現」と称し、かつては山門・護摩堂・鐘楼などが整備され、地元の人々から産土の神として厚く信仰されたという。しかし、戦乱や賊徒の襲来により、社殿・宝物・古文書などが焼失し、神職・僧徒も離散したとの伝承もある。その後、永禄期以降の動乱を経て荒廃したものの、永年の間に地元氏子や住民の信仰により崇敬が続き、明応2年(1493年)には里人の寄進により本殿と拝殿が再建された。江戸時代には、加賀藩主である前田家の崇敬を受け、歴代藩主による参詣や祈祷、寄進が行われた。これにより社殿の維持・修復がなされ、創建千年、千百年、千百五十年などの節目には大祭が執行されたという記録が残る。明治維新後の神仏分離政策により、かつての「山王大権現」の称号を廃し、明治7年(1874年)に「日吉神社」と改称された。その後、昭和6年(1931年)に郷社に列せられ、現在に至る。
当社の夏の例祭「山王祭」は、地元の人々や参拝者にとって重要な年中行事である。例祭は毎年7月第4週の土曜日から日曜日にかけて行われ、神輿行列や町中を巡る曳山、多彩な民俗芸能の奉納によって賑わう。山王祭では、祭礼の初日に町内各戸を巡る「山王悪魔祓」、そして翌日には「加賀獅子舞」「奴行列」が町中を練り歩き、曳山を伴う御神輿巡行が行われる。これらは地元に長く受け継がれてきた伝統行事であり、地域の人々の信仰と結びついている。山王祭における悪魔祓や加賀獅子舞、奴行列や曳山行事などが金沢市の指定無形民俗文化財となっている。
  • 郷社
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://www.ohnohiyoshi.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%87%8E%E6%97%A5%E5%90%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
石川県神社庁
https://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/