神田神社 呉市 - 神社ファン

有名度

前頭

神田神社

かんだじんじゃ

広島県呉市阿賀中央一丁目1番26号

広島県呉市阿賀中央一丁目1番26号

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
神田神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

相殿

合祀

合祀

合祀

合祀

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
他に 「不明(1柱)」 「伊勢・神明系」 「出雲・オオナムチ系」 「少彦名系」 「住吉系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

神田神社は広島県呉市に鎮座する神社。御祭神は足仲彦尊、誉田別尊、息長足姫尊、多岐津姫命、多岐理姫命、国常立命、天照大神、大名持神、少彦名神、住吉大神の10柱をまつる。
社格は旧村社。
神田神社の創建は、天永3年(1112年)と伝えられている。安芸郡加賀須浦の神経山に社殿を建立し、足仲彦尊をはじめとする神々を奉斎し、神達八幡と称したことに始まる。
神経山は神風呂とも呼ばれ、神功皇后と応神天皇が還幸の途中に休息した地として伝承されてきた。阿賀の地には古くから八幡信仰が広まり、神達八幡の名で地域の崇敬を集めていた。永禄5年(1562年)、社殿は現在地へ遷座した。この遷座以後、神社は神田八幡宮と称されるようになった。江戸時代には社殿の整備が進められ、安永7年(1778年)には拝殿が再建された。拝殿には後年、多数の絵馬が奉納されるようになり、現在まで伝えられている。明治4年(1871年)、神田八幡宮は神田神社へ改称した。近代社格制度では旧村社に列している。
神田神社には、呉市有形文化財に指定された絵馬群が伝わる。指定日は昭和47年(1972年)3月31日である。拝殿には60点以上の絵馬が掲げられており、江戸時代に境内で行われた歌舞伎の様子や、当時の風俗、暮らしの情景を描いた作品が残されている。頼春風筆と伝わる絵馬や、勝海舟の書も含まれている。
また、境内の社叢は呉市天然記念物に指定されている。社叢には常緑樹が多く繁茂し、クロキ、ユズリハ、ヤブニッケイ、シリブカガシ、ヤマビワ、カシノキモチ、クロガネモチ、ウバメガシなどが確認されている。
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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出典
公式サイト
http://www.kandajinja.jp/
広島県神社庁
https://www.hiroshima-jinjacho.jp/