志賀神社 佐賀市 - 神社ファン

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志賀神社

しがじんじゃ

佐賀県佐賀市川副町大字早津江津400

佐賀県佐賀市川副町大字早津江津400

灯篭と拝殿

Pekachu(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 安全
  • 厄除
  • 家庭
志賀神社には

「恋愛系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

招福厄除開運 交通航海安全 縁結び 家内安全 家運隆昌

御祭神

主祭神

志賀大神 しがおおみかみ

配祀祭神

天御中主命 あめのみなかぬしのみこと

配祀祭神

大国主命 おおくにぬしのみこと

配祀祭神

少名昆古那命 すくなひこなのみこと

配祀祭神

事代主命 ことしろぬしのみこと

配祀祭神

応神天皇 おうじんてんのう

配祀祭神

菅原道真公 すがわらみちざねこう

配祀祭神

源為朝公 みなもとのためともこう

神社系統

この神社の主な系統は

住吉系

です。
他に 「不明(2柱)」 「出雲・オオナムチ系」 「えびす系」 「八幡系」 「天満・天神系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

志賀神社は佐賀県佐賀市に鎮座する神社。御祭神は志賀大神、天御中主命、大国主命、少名昆古那命、事代主命、応神天皇、菅原道真公、源為朝公の8柱をまつる。
社格は旧県社。
志賀神社の創建は貞観元年(859)と伝えられる。清和天皇の時代、筑前国の志賀海神社から分霊を勧請して創建された。創建当初の鎮座地は有明海岸の無人の洲であり、古記には「汐の満に海中に没し、干に現われたり」と記されている。
その後、周辺では干拓や自然の地形変化によって陸地化が進み、早津江は海陸交通の要衝として発展した。志賀神社も地域の発展とともに社地を整え、祭祀を継承してきた。
中世以降の戦乱によって神社は衰退したが、明暦4年(1658)に佐賀藩主鍋島光茂によって再興された。現在も「明暦四戊吉日 藤原朝臣光茂」と記された上棟札が伝えられている。以後は龍造寺家や鍋島家の崇敬を受けながら社運を保った。
また、源為朝が黒髪山の大蛇退治に向かう途中、肥後から海路で早津江に上陸し、志賀神社に鰐口を奉納して戦勝を祈願したとの伝承が残る。境内には為朝寄進と伝わる鰐口が社宝として伝えられている。
幕末には佐賀藩主鍋島直正が社領内に海軍所を設けた。慶応年間には三重津海軍所を拠点として西洋式船舶の建造や海軍整備が進められ、鍋島直正が志賀神社に大願成就を祈願したことも伝えられている。
明治5年(1872)に郷社へ列格し、昭和19年(1944)には社殿の全面改築が行われるとともに県社へ昇格した。戦後に社格制度は廃止されたが、旧県社として現在に至っている。
境内には祖霊社、稲荷神社、恵比須神社が鎮座する。祖霊社は昭和21年(1946)に創建され、国家や公共のために尽くした氏子を祀っている。社宝には為朝伝来の鰐口のほか、龍造寺隆信の軍旗、「志賀社旧記」、明暦4年の上棟札などが伝わる。
祭礼では4月25日の春季例大祭、9月23日・24日の秋季例大祭が執り行われる。秋季例大祭の御神幸祭では神輿が氏子地域を巡行し、子供神輿や船神輿も加わる。神事としては祈年祭、新嘗祭のほか、2月15日の粥占祭が伝えられ、神前に供えた粥によってその年の作柄や吉凶を占う。
  • 県社
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://sigajinja.net/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E8%B3%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE
佐賀県神社庁
https://saga-jinjacho.jp/