志氐神社 - 神社ファン

有名度

前頭

志氐神社

しでじんじゃ

三重県四日市市大宮町14-6

三重県四日市市大宮町14-6

鳥居

運動会プロテインパワー(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 厄除
志氐神社には

「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

祓之祖神

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(3柱)」 「住吉系」 「八幡系」 「三島・大山祇系」 「かまど・荒神系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

志氐神社は三重県四日市市に鎮座する神社。御祭神は気吹戸主神、伊邪那岐命、伊邪那美命、上筒之男命、中筒之男命、底筒之男命、応神天皇、大山祇神、奥津日子神、奥津日女神、久那斗神の11柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
創建年代は不詳であるが、古くより延喜式内社としてその名が記されている。社伝によれば、垂仁天皇の時代に創建されたとも伝えられており、社名の「志氐(しで)」は御幣を意味する語として語られてきた。また、壬申の乱の際に天武天皇が伊勢神宮を望拝し、この地で木綿を垂らして禊を行ったとする伝承も残されている。こうした伝承は、伊勢へ通じる要地という土地の性格と結びつき、志氐神社が祓いに関わる神々を祀る神社として意識されてきた背景を伝えている。境内が古墳跡に立地している点も、この神社の大きな特色である。志氐神社古墳は古墳時代前期に築かれた前方後円墳で、北勢地域でも有数の規模を持ち、四日市市内に現存する唯一の前方後円墳とされる。嘉永5年(1852年)に行われた発掘調査では、内行花文鏡や勾玉、管玉、車輪石などが出土しており、これらは史跡指定や出土遺物の文化財指定につながった。
近代以降は周辺神社の合祀も行われ、地域の信仰を集約する神社としての性格を強めていく。明治6年(1873年)に郷社となり、昭和6年(1931年)には県社に指定された。
境内には四日市市指定有形文化財の狛犬が安置されており、白釉を施した志野焼の狛犬として知られている。頭上に宝珠を載せ、片脚を折った姿など、他に例の少ない造形が特徴である。
年中行事としては、歳旦祭をはじめ、どんど焼き、節分祭、夏越および年越の大祓、夏祭・奉賛会大祭、秋祭・例祭、新嘗祭、除夜祭が斎行されており、毎月の月次祭も欠かさず行われている。志氐神社は、長い歴史と土地の記憶を今に伝えながら、地域に根ざした祈りの場として受け継がれてきた神社である。
  • 式内社(不明)
  • 県社
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E6%B0%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE
三重県神社庁
https://www.mie-jinjachou.page/