柴崎神社 千葉県我孫子市柴崎174番地 - 神社ファン

有名度

前頭

柴崎神社

しばさきじんじゃ

千葉県我孫子市柴崎174番地

千葉県我孫子市柴崎174番地

拝殿

Takobusi(wikipedia パブリック・ドメイン)

かんたんご利益

  • 健康
  • 厄除
柴崎神社には

「健康系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

健康長寿 無病息災 開運招福

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

妙見信仰系

です。
他に 「祇園・須佐系」 「稲荷系」 「大鳥・白鳥系」 「八雷系」 「金山系」 「日吉・山王系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

柴崎神社は千葉県我孫子市に鎮座する神社。御祭神は天之御中主神、素盞鳴尊、倉稲魂命、日本武尊、別雷命、金山彦命、大山咋命の7柱をまつる。
社格は旧村社。
伝承によれば、日本武尊が東征の折、ここで征途の安全と武運長久を祈願し、御幣を立てたことが当社の起こりとされる。また、『柴崎神社・縁起資料』などでは、天慶元年(938年)に正式に創建されたとの記述がみられる。社伝では、平安時代には平将門の祈願所として崇敬を集めたと伝えられており、将門関連の信仰との関連性が強調される。また、相馬氏(相馬一族)の守護神とされたという説も伝えられている。境内からは永仁六年(1298年)銘の板碑断片が発見されたという記録があり、このことは鎮座地における古い祭祀の痕跡を示すものとされる。室町・戦国期に至っては、柴崎城主・荒木三河守が永禄4年(1561年)に社殿を修復したという事跡が残り、また天正元年(1573年)には刀を奉納し、忠誠を誓ったという伝承もある。江戸期には、寛文5年(1665年)に旧武田氏の旧臣 初鹿野伝右衛門が当地を賜り、当社に家宝の大身槍を奉納したと伝えられ、さらに寛文11年(1671年)には新見弥一郎正徳が知行主として弓を献納したという記録がある。享保13年(1728年)には社前参道石段の築造、享和3年(1803年)に大鳥居建立、天保13年(1842年)には正一位稲荷大明神の神号の下賜という記録も伝わる。明治維新を契機に、当社は仏教との関わりを離れる「神仏分離」の流れの中、もと妙見社と称された社号を明治元年(1868年)に北星社に改称し、さらに明治13年(1880年)に柴崎神社と改称して今日に至る。その後、明治35年(1902年頃か)には暴風で社殿が損壊し、拝殿など改築がなされたと伝わる。昭和に入って、昭和62年(1987年)には現社殿の全面新築がなされ、10月18日に遷宮祭が挙行されたという。
  • 村社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B4%E5%B4%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%88%91%E5%AD%AB%E5%AD%90%E5%B8%82)
千葉県神社庁
https://www.jinjacho.or.jp/