有名度
前頭上位加波山三枝祇神社 里宮
さとみや
茨城県桜川市真壁町長岡809
茨城県桜川市真壁町長岡809

加波山三枝祇神社 里宮以外にも 加波山三枝祇神社 とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 健康
- 安全
加波山三枝祇神社 里宮には
「健康系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国土安泰 延命長寿 無病息災 海上安全
御祭神
公
主祭神
伊弉册大神 いざなみのおおかみ
主祭神
速玉男大神 はやたまのおのおおかみ
主祭神
事解男大神 ことさかのおのおおかみ
相殿
天神七代大神 てんじんしちだいのおおかみ
相殿
地神五代大神 しじんごだいのおおかみ
相殿
天津彦根神 あまつひこねのかみ
相殿
建許呂神 たけころのかみ
相殿
八雷神 やくさのいかづちのかみ
相殿
日本武尊 やまとたけるのみこと
相殿
猿田彦神 さるたひこのかみ
相殿
稲荷大神 いなりおおかみ
相殿
他七百三十七神 不明
神社系統
この神社の主な系統は
「熊野系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
加波山三枝祇神社 里宮は茨城県桜川市に鎮座する神社。御祭神は伊弉册大神、速玉男大神、事解男大神、天神七代大神、地神五代大神、天津彦根神、建許呂神、八雷神、日本武尊、猿田彦神、稲荷大神、他七百三十七神をまつる。
社格は国史見在社。
社伝では、景行天皇41年、日本武尊が東国遠征の帰途に加波山へ登拝し、神託を受けて神祠を建て、伊弉册大神・速玉男大神・事解男大神を勧請したことを創始とする。別の伝承では、常陸国造の一族である三枝部連が祖神の建許呂神を奉斎したとされる。当初は神母山神社と称し、その後に建許呂神を配祀して三枝祇神社へ改称したと伝えられる。
神護景雲2年(768)には加波山上に社殿が創建されたと伝わる。大同年間(806~810)には僧侶が入山して別当寺を開き、神職と僧侶が祭祀を営む神仏習合の霊場となった。山中では薬師如来・阿弥陀如来・釈迦如来が本地仏とされ、「加波山本宮権現」「加波山大権現」の名でも信仰を集めた。
貞観17年(875)には三枝祇神が従五位下の神階を授けられた。天慶年間(938~947)には兵火で社殿を焼失したと伝えられ、建久年間(1190~1199)には源頼朝が社領を寄進した。天文年間(1532~1555)には真壁氏が社殿を修造し、天文15年(1546)には真壁家幹が「加波山三枝祇社壇」と記した改築記念額を奉納した。
室町時代には祭祀組織が本宮・親宮・中宮に分かれ、本宮は正幢院、親宮は円鏡寺、中宮は文殊院が管理した。慶安元年(1648)、江戸幕府は加波山権現領として朱印地100石を与え、本宮と親宮が50石ずつ管理した。江戸時代には御分霊を遷した神輿が茨城・栃木・埼玉の2588か村を巡行し、天明年間(1781~1789)には火災で社殿が焼失した後に再建された。文政3年(1820)には正一位の宣旨を受けている。
慶応4年(1868)の神仏分離で別当寺は廃され、本宮は加波山三枝祇神社本宮、親宮は三枝祇神社親宮となった。明治16年(1883)には社殿が改築され、西麓の長岡には本宮・親宮の遥拝所を兼ねる里宮が整えられた。里宮の遥拝殿には山岡鉄舟揮毫の額が伝わり、大正時代には親宮の社務が本宮へ移された。
現在の里宮には拝殿、神輿殿、神楽殿、社務所、参集殿が建ち、神輿殿には江戸時代に巡行した神輿が保存されている。境内には加波山五社稲荷、山の神、八大龍神、天狗社、八幡宮なども鎮座する。例大祭・天狗祭は4月8日、夏山禅定祭は8月1日から30日まで行われ、冬至には火渉祭が斎行される。火渉祭は応永2年(1395)の加波山修験道場再興に始まると伝えられ、先達と参拝者が火床を渡る神事として受け継がれている。
社格は国史見在社。
社伝では、景行天皇41年、日本武尊が東国遠征の帰途に加波山へ登拝し、神託を受けて神祠を建て、伊弉册大神・速玉男大神・事解男大神を勧請したことを創始とする。別の伝承では、常陸国造の一族である三枝部連が祖神の建許呂神を奉斎したとされる。当初は神母山神社と称し、その後に建許呂神を配祀して三枝祇神社へ改称したと伝えられる。
神護景雲2年(768)には加波山上に社殿が創建されたと伝わる。大同年間(806~810)には僧侶が入山して別当寺を開き、神職と僧侶が祭祀を営む神仏習合の霊場となった。山中では薬師如来・阿弥陀如来・釈迦如来が本地仏とされ、「加波山本宮権現」「加波山大権現」の名でも信仰を集めた。
貞観17年(875)には三枝祇神が従五位下の神階を授けられた。天慶年間(938~947)には兵火で社殿を焼失したと伝えられ、建久年間(1190~1199)には源頼朝が社領を寄進した。天文年間(1532~1555)には真壁氏が社殿を修造し、天文15年(1546)には真壁家幹が「加波山三枝祇社壇」と記した改築記念額を奉納した。
室町時代には祭祀組織が本宮・親宮・中宮に分かれ、本宮は正幢院、親宮は円鏡寺、中宮は文殊院が管理した。慶安元年(1648)、江戸幕府は加波山権現領として朱印地100石を与え、本宮と親宮が50石ずつ管理した。江戸時代には御分霊を遷した神輿が茨城・栃木・埼玉の2588か村を巡行し、天明年間(1781~1789)には火災で社殿が焼失した後に再建された。文政3年(1820)には正一位の宣旨を受けている。
慶応4年(1868)の神仏分離で別当寺は廃され、本宮は加波山三枝祇神社本宮、親宮は三枝祇神社親宮となった。明治16年(1883)には社殿が改築され、西麓の長岡には本宮・親宮の遥拝所を兼ねる里宮が整えられた。里宮の遥拝殿には山岡鉄舟揮毫の額が伝わり、大正時代には親宮の社務が本宮へ移された。
現在の里宮には拝殿、神輿殿、神楽殿、社務所、参集殿が建ち、神輿殿には江戸時代に巡行した神輿が保存されている。境内には加波山五社稲荷、山の神、八大龍神、天狗社、八幡宮なども鎮座する。例大祭・天狗祭は4月8日、夏山禅定祭は8月1日から30日まで行われ、冬至には火渉祭が斎行される。火渉祭は応永2年(1395)の加波山修験道場再興に始まると伝えられ、先達と参拝者が火床を渡る神事として受け継がれている。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
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建築
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出典
公式サイト
http://kabasan-jinja.jp/
茨城県神社庁
https://www.ibarakiken-jinjacho.or.jp/
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