宗像大社 沖津宮 - 神社ファン

有名度

関脇

宗像大社 沖津宮

むなかたたいしゃ おきつぐう

福岡県宗像市大島沖之島

😞 🙁 😐 🙂 😄

福岡県宗像市大島沖之島

沖津宮 社殿

Indiana jo(Wikipedia CC 表示-継承 4.0/色調補正・トリミング)

南東から眺めた沖ノ島
小屋島、御門柱、天狗岩
沖津宮は、宗像三女神の長姫・田心姫神をお祀りする神社で、世界遺産・沖ノ島に鎮座します。島全体が御神体とされ、一般の立ち入りは禁じられる神域です。古代の祭祀遺跡が数多く残り、国宝の奉献品が語る信仰の歴史は悠久です。海の彼方に祈りを捧げる、人と自然の絆を今に伝える神社です。

宗像大社 沖津宮以外にも 宗像大社 とも呼ばれます。


神社ワードクラウド

宗像大社 沖津宮の特徴を視覚的にわかりやすく表現しています。詳しくは見どころをご確認ください。

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かんたんご利益

  • 安全
宗像大社 沖津宮には

「安全系(有名)」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

海上・交通安全 陸上・交通安全

御祭神

田心姫神 たごりひめのかみ

神社系統

主な系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

宗像大社(沖津宮)は福岡県宗像市の沖ノ島にある神社。沖津宮の祭神は田心姫神。九州本土の辺津宮に市杵島姫神、大島の中津宮に湍津姫神をまつり、3柱をあわせて「宗像三女神」と呼ぶ。
社格は式内社(名神大社)で八神郡のひとつ。別表神社、旧官幣大社。ユネスコの世界遺産『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』の構成資産でもある。
宗像大社は沖津宮、中津宮、辺津宮の三宮からなり、宗像三女神をまつる全国の宗像神社や厳島神社などの総本社である。沖津宮は玄界灘に浮かぶ沖ノ島に鎮座し、宗像大社三宮のなかでも朝鮮半島に最も近い位置にある。古代には大陸へ向かう海上交通の要衝として、国家的な祭祀が長期間にわたって営まれた。
『古事記』『日本書紀』によると、宗像三女神は天照大神と素盞嗚尊の誓約によって生まれた女神である。天照大神の神勅を受け、海上交通の要地に降臨して歴代天皇を助けるよう命じられたと伝えられている。沖津宮の田心姫神もその一柱として、沖ノ島を中心にまつられてきた。
宗像大社の創建年代は明らかではないが、宗像地域は古代から朝鮮半島や中国大陸へ向かう海上交通の重要拠点であった。九州本土から大島、沖ノ島を経て朝鮮半島へと続く海路は、古代日本の外交や交易において重要な役割を果たし、その航海の安全を祈る祭祀の中心となったのが沖ノ島である。神功皇后も三韓への出兵に際して宗像三女神に航海の安全を祈願したと伝えられている。
沖ノ島では4世紀後半から9世紀末にかけて、約500年にわたって国家的な祭祀が営まれた。祭祀の場所や方法は時代とともに変化し、巨岩の上で行う岩上祭祀から岩陰祭祀、半岩陰・半露天祭祀を経て、平地で行う露天祭祀へと移っていった。その一連の変化をひとつの島の祭祀遺跡でたどることができる点は、沖ノ島の大きな特徴である。
こうした祭祀を担ったのが、宗像地方を本拠とした豪族の宗像氏である。宗像氏は朝廷との結びつきを持ちながら宗像三女神への祭祀を代々受け継ぎ、海上交通や大陸との交流にも深く関わった。平安時代の『延喜式』神名帳では名神大社に列し、宗像の神々は国家から特に重視される存在となった。
中世になると宗像氏は神職として祭祀を担う一方、武士としての性格も強め、宗像地方に大きな勢力を築いた。戦国時代には北部九州をめぐる大名の争いに巻き込まれ、宗像大社も戦乱の影響を受けたが、沖ノ島では田心姫神への祭祀が受け継がれていった。
沖ノ島は島そのものが神聖な存在として扱われ、長い間厳格な禁忌によって守られてきた。島で見聞きしたことを口外してはならないとされ、「おいわずさま」とも呼ばれた。また、島から一木一草一石たりとも持ち出してはならないという禁忌も伝えられている。こうした信仰によって島の自然と祭祀遺跡が長期間にわたり守られてきた。
かつて沖ノ島は女人禁制とされ、男性も上陸する前に海中で禊を行い、身を清めることが求められた。現在は神職を除いて沖ノ島への上陸は認められておらず、神職も上陸に際して海中で禊を行う。島全体が信仰の対象として厳格に守られている。
沖ノ島では昭和29年(1954)から昭和46年(1971)にかけて本格的な学術調査が行われ、古墳時代から平安時代に及ぶ膨大な祭祀遺物が発見された。さらに縄文時代から弥生時代にかけての土器も確認されており、沖ノ島が非常に古くから人々と関わりを持っていたことが分かっている。
祭祀遺跡から出土した品々には鏡、武器、装身具などのほか、朝鮮半島の新羅に由来する金製指輪、中国大陸からもたらされた唐三彩、奈良三彩、金銅製龍頭、さまざまな雛形祭器などが含まれている。日本国内だけでなく東アジア各地からもたらされた品々が奉献されており、古代日本の対外交流の広がりを具体的に伝えている。
沖ノ島から出土した祭祀遺物は約8万点に及び、一括して国宝に指定されている。その質と量の豊かさから、沖ノ島は「海の正倉院」とも呼ばれる。これらの国宝は沖ノ島から持ち出された祭祀遺物として宗像大社が所蔵し、その一部を辺津宮境内の神宝館で見ることができる。
沖ノ島は祭祀遺跡だけでなく自然環境も良好に残されている。島全体が国の史跡および天然記念物に指定され、古代祭祀の舞台となった巨岩群や森林、周囲の海と一体となった環境が保護されている。厳格な禁忌によって人の活動が制限されてきたことも、島の自然と遺跡が良好な状態で残された大きな要因となった。
現在の沖津宮本殿と拝殿は昭和7年(1932)に建てられたもので、島の南西部に鎮座する。一般の参拝者が沖津宮へ直接参拝することはできないが、大島には沖ノ島を海の彼方から拝むための「沖津宮遙拝所」が設けられており、古くから沖津宮を遥拝する信仰が受け継がれている。
平成29年(2017)には、沖ノ島と沖津宮を中心に、辺津宮、中津宮、沖津宮遙拝所などを含む『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』がユネスコの世界遺産に登録された。古代の祭祀遺跡だけでなく、沖ノ島を神聖な島として守り続けてきた信仰そのものが、宗像信仰の歴史を伝える重要な要素となっている。
大陸へ向かう海路上に浮かぶ沖ノ島では、約500年にわたり国家的な祭祀が営まれ、その後も島そのものを神聖視する信仰によって自然と遺跡が守られてきた。巨岩を舞台とした古代祭祀、約8万点に及ぶ国宝の奉献品、現在まで受け継がれる厳格な禁忌とともに、沖津宮は古代日本の対外交流と宗像三女神への信仰を現在に伝えている。
  • 別表神社
  • 官幣大社
  • 名神大社
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見どころ

  • 沖ノ島の禁忌

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    • 禁忌
    • しきたり
    • 不言様
    • 一木一草一石たりとも持ち出してはならない
    • 禊
    • 四足動物の肉食禁止
    • 女人禁制
  • 神宿る島である 沖津宮

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    • 宗像大社
    • 日本書紀
    • 世界文化遺産
    • 『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群
    • アクセス方法
    • 参拝ルート
  • 本殿・拝殿・御祭神・ご利益

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    • 磐座
    • 自然崇拝
    • 宗像家文書
    • 沖島御遷宮
    • 沖ノ島図
    • 宗像神社境内
    • 国の史跡

神社詳細

公式URL

格式

別表神社 官幣大社 名神大社

摂末社・境内社

末社 大神宮
天照皇大神
末社 正三位神社
【事代主神社】祭神不明
【正三位神社】祭神不明
【荒船神社】祭神不明
末社 大神神社
大神
河上
五位
只下
御衣代
津田
末社 貴船神社
貴船
犬王丸
四道
小野井
息直
原比女
末社 津加計志神社
津加計志
四道福松
祓方遠賀堺
山口御口代
須多田
加津浦
末社 正三位神社
正三位
草上
四道
稗和
御船漕
天宮金宮
末社 和加神社
和加
山口若宮
勝浦
年津兩上
酒多
前戸
末社 孔大寺神社
孔大寺
所主
龍主
止々
年所
祝詞
末社 國連神社
国連
荒
渡津
柳牟田
蛭田若宮
人見
末社 浪折神社
浪折
年津久
大井
飯盛
和歌
国玉
末社 宮田若宮神社
宮田若宮
宰貴若宮
許斐
辻原若宮
十所王子
本木若宮
末社 宇生神社
宇生
指来
末社 政所神社
政所
朝拝
風隼
息送
九日
息正三位
矢房
風降天
大都加
末社 百大神社
住吉三神
末社 二柱神社
伊邪那岐
伊邪那美
末社 藤宮神社
藤宮
岡堺
楯嵜
上高宮
上袴
山下
末社 稻庭上神社
稻庭上
宮地嶽
興里嶽
吹浦
土穴若宮
森
末社 妙見神社
妙見
荒熊
山部
御竃
山師
君達
末社 千得下府神社
千得下符
北崎四所
須田
地主
厳島
下高宮
照日
末社 須賀神社
祇園
縫殿
内浦若宮
酒田
伊久志
示現
熊野
末社 織幡神社
織幡
飯豊
御霊
祓方
葦木
山手
波寄
末社 牧口神社
牧口
年毛
濱宮
西搭田若宮
池浦山王
久米
若八幡
末社 御鎰持神社
御鎰持
伊摩
酒井
池田若宮
飯盛小盛
温濟殿
白鬚
境内社 松尾神社
大山咋
若山咋
市杵島姫
境内社 蛭子神社
祭神不明
境内社 宗像護国神社
祭神不明

例祭

歳旦祭 1月
元始祭 1月
紀元祭 2月
祈年祭 2月
天長祭 2月23日
春季皇霊殿遙拝式 春分の日
沖津宮・中津宮両宮春季大祭(大島 沖津宮遙拝所・中津宮) 旧暦3月15日
昭和祭 4月
大祓式 6月
秋季皇霊殿遙拝式 秋分の日
沖津宮・中津宮両宮秋季大祭(大島 沖津宮遙拝所・中津宮) 旧暦9月15日
明治祭 11月
大祓式・除夜祭 12月

文化財

「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群
ユネスコ 世界遺産
文化遺産 平成29年記載
福岡県宗像大社沖津宮祭祀遺跡出土品
国 国宝
考古資料 昭和37年6月21日指定・平成15年5月29日、平成18年6月9日追加指定
宗像神社辺津宮拝殿
国 重要文化財
建造物 明治40年5月27日指定・昭和42年6月15日名称変更、追加指定
宗像神社辺津宮本殿
国 重要文化財
建造物 明治40年5月27日指定・昭和42年6月15日追加指定

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.munakata-taisha.or.jp/
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
福岡県神社庁
https://fukuoka-jinjacho.or.jp/