有名度
前頭上位警固神社
けごじんじゃ
福岡県福岡市中央区天神二丁目2番20号
福岡県福岡市中央区天神二丁目2番20号

そらみみ (Soramimi)(wikipedia CC 表示-継承 4.0)
かんたんご利益
- 仕事
- 厄除
警固神社には
「仕事系」「厄除・開運系(有名)」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
日々の罪けがれ、病や災いから警め、固る神
御祭神
八十禍津日神 やそまがつひのかみ
神直日神 かんなおびのかみ
大直日神 おおなおびのかみ
相殿
建角身神 たけつのみのみこと
相殿
豊玉姫命 とよたまひめのみこと
相殿
神功皇后 じんぐうこうごう
相殿
応神天皇 おうじんてんのう
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(3柱)」
です。他に 「不明(1柱)」
「八幡系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
警固神社は福岡県福岡市中央区に鎮座する神社。御祭神は八十禍津日神、神直日神、大直日神、建角身神、豊玉姫命、神功皇后、応神天皇の7柱をまつる。
社格は旧県社。
社伝では、仲哀天皇9年(200)、福崎と呼ばれた現在の福岡城本丸跡周辺に警固大神が化現したと伝える。神功皇后の三韓親征では警固大神が船団を守護し、神功皇后はその報恩として福崎山に警固大神を祀ったとされる。
「警固」の名称は、古代に鴻臚館の近くに置かれた大宰府の防衛施設「警固所」に由来する。警固の地名は『万葉集』のほか、平安時代の藤原純友の乱や刀伊の入寇に関する記録にも残る。警固神社も当初は福崎の丘陵に鎮座していた。
慶長6年(1601)、福岡藩初代藩主・黒田長政が福崎山で福岡城の築城を開始すると、警固神社は下警固村山上の小烏神社に一時合祀された。その後、新たな社殿が造営され、慶長13年(1608)7月7日に現在地へ遷座した。以後、黒田家による社殿の造営や鳥居の寄進が行われた。
寛永16年(1639)には2代藩主・黒田忠之が石鳥居を建立した。石材には糸島の可也山から切り出された御影石が用いられている。承応2年(1653)には黒田忠之が荒戸山に東照宮を勧請し、東照権現坐像を御神体として祀った。
寛文8年(1668)10月に市中で大火が発生し、その後、3代藩主・黒田光之によって警固神社が再興された。現在の本殿は、この再興時の姿を伝える。明治維新後の神仏分離で荒戸山の東照宮が廃社となり、御神体であった木造東照権現坐像と厨子は警固神社へ移された。
昭和20年(1945)6月19日の福岡大空襲では福岡市中心部の広い範囲が焼失したが、警固神社の社殿は焼失を免れた。平成17年(2005)の福岡県西方沖地震では、寛永16年(1639)建立の石鳥居が一部損傷し、その後修理された。
現在の本殿は寛文8年(1668)の再興時の姿を伝え、軒下には鳥や獣などを題材とした彫刻が施されている。平成20年(2008)の式年遷宮では神門が建て替えられ、日本の伝統的な組み込み技法を用いて造営された。境内には樹齢300年余りの大楠が立つ。
警固神社が所蔵する「木造東照権現坐像 1躯 附 厨子」は福岡市指定有形文化財である。このほか、大絵馬や嘉永6年(1853)の三十六歌仙像などを収蔵する。祭典では10月19日に大祭が斎行され、毎月第1日曜日には警固三神の特別厄除強運祈祷が行われている。
社格は旧県社。
社伝では、仲哀天皇9年(200)、福崎と呼ばれた現在の福岡城本丸跡周辺に警固大神が化現したと伝える。神功皇后の三韓親征では警固大神が船団を守護し、神功皇后はその報恩として福崎山に警固大神を祀ったとされる。
「警固」の名称は、古代に鴻臚館の近くに置かれた大宰府の防衛施設「警固所」に由来する。警固の地名は『万葉集』のほか、平安時代の藤原純友の乱や刀伊の入寇に関する記録にも残る。警固神社も当初は福崎の丘陵に鎮座していた。
慶長6年(1601)、福岡藩初代藩主・黒田長政が福崎山で福岡城の築城を開始すると、警固神社は下警固村山上の小烏神社に一時合祀された。その後、新たな社殿が造営され、慶長13年(1608)7月7日に現在地へ遷座した。以後、黒田家による社殿の造営や鳥居の寄進が行われた。
寛永16年(1639)には2代藩主・黒田忠之が石鳥居を建立した。石材には糸島の可也山から切り出された御影石が用いられている。承応2年(1653)には黒田忠之が荒戸山に東照宮を勧請し、東照権現坐像を御神体として祀った。
寛文8年(1668)10月に市中で大火が発生し、その後、3代藩主・黒田光之によって警固神社が再興された。現在の本殿は、この再興時の姿を伝える。明治維新後の神仏分離で荒戸山の東照宮が廃社となり、御神体であった木造東照権現坐像と厨子は警固神社へ移された。
昭和20年(1945)6月19日の福岡大空襲では福岡市中心部の広い範囲が焼失したが、警固神社の社殿は焼失を免れた。平成17年(2005)の福岡県西方沖地震では、寛永16年(1639)建立の石鳥居が一部損傷し、その後修理された。
現在の本殿は寛文8年(1668)の再興時の姿を伝え、軒下には鳥や獣などを題材とした彫刻が施されている。平成20年(2008)の式年遷宮では神門が建て替えられ、日本の伝統的な組み込み技法を用いて造営された。境内には樹齢300年余りの大楠が立つ。
警固神社が所蔵する「木造東照権現坐像 1躯 附 厨子」は福岡市指定有形文化財である。このほか、大絵馬や嘉永6年(1853)の三十六歌仙像などを収蔵する。祭典では10月19日に大祭が斎行され、毎月第1日曜日には警固三神の特別厄除強運祈祷が行われている。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
例祭
歳旦祭 1月1日
元始祭 1月3日
どんど焼き祭 成人の日
針祭 2月8日
紀元祭 2月11日
初午祭 2月初めの午の日
春季大祭 3月19日
秋季例祭・敬老祭 10月19日
七五三子供祭 11月1日~30日
新嘗祭 11月23日
大祓式 12月31日
元始祭 1月3日
どんど焼き祭 成人の日
針祭 2月8日
紀元祭 2月11日
初午祭 2月初めの午の日
春季大祭 3月19日
秋季例祭・敬老祭 10月19日
七五三子供祭 11月1日~30日
新嘗祭 11月23日
大祓式 12月31日
文化財
木造東照権現坐像
福岡市 有形文化財
彫刻 平成19年3月15日指定
彫刻 平成19年3月15日指定
板絵著色三十六歌仙絵馬
福岡市 有形民俗文化財
文化財種別不明 平成9年3月24日日指定
文化財種別不明 平成9年3月24日日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://kegojinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%A6%E5%9B%BA%E7%A5%9E%E7%A4%BE
福岡市
https://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/
http://kegojinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%A6%E5%9B%BA%E7%A5%9E%E7%A4%BE
福岡市
https://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/
