知波夜比古神社 広島県三次市高杉町 - 神社ファン

有名度

前頭

知波夜比古神社

ちはやひこじんじゃ

広島県三次市高杉町383

広島県三次市高杉町383

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

知波夜比古神社以外にも 二宮さん とも呼ばれます。


かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(5柱)」 「浅間・サクヤビメ系」 「塩竈系」 「えびす系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

知波夜比古神社は広島県三次市に鎮座する神社。御祭神は日子穗々出見尊、豊玉毘売命、迩々藝命、木花佐久夜毘売命、鵜草葺不合尊、玉依毘売命、塩椎神、火須勢理命、事代主命の9柱をまつる。
社格は式内社(論社)であり、旧郷社。
創建年代は不詳である。社伝では、二宮明神と称された日子穂々出見命が、廻神泉水、足留山、魚切、廻神郷布久を経て、現在地へ鎮座したと伝えられている。
延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳には、備後国三谿郡の式内社として知波夜比古神社の名が記載されている。三谿郡における唯一の式内社である。
中世には、知波夜比古神社の境内周辺に高杉城が築かれた。観応年間(1350年〜1352年)には、知波夜比古神社の社司である祝氏の名が記録に見える。戦国時代には高杉城は江田氏の支城となり、天文22年(1553年)7月22日、毛利元就の軍勢によって落城した。この戦いにより、城郭とともに知波夜比古神社の社殿も焼失したと伝えられる。
その後、弘治2年(1556年)に毛利元就による神殿再建が行われたと伝承されている。明治維新後には近代社格制度において郷社に列した。
境内には知波夜比古神社本殿が現存する。本殿は昭和34年(1959年)12月1日に三次市指定重要文化財に指定された。また、知波夜比古神社周辺には高杉城跡の堀や土塁が残されている。高杉城跡は昭和59年(1984年)11月19日に広島県史跡に指定され、平成27年(2015年)1月13日には追加指定が行われた。城跡内には知波夜比古神社が鎮座し、神社周辺には約70m四方にわたって堀と土塁が残っている。例祭は毎年10月第1日曜日に行われる。
  • 郷社
  • 式内社(小 論社)
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E6%B3%A2%E5%A4%9C%E6%AF%94%E5%8F%A4%E7%A5%9E%E7%A4%BE
広島県神社庁
https://www.hiroshima-jinjacho.jp/