有名度
前頭上位大神山神社
おおがみやまじんじゃ
鳥取県米子市尾高1025
鳥取県米子市尾高1025

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かんたんご利益
- 健康
- 子供
- 厄除
- 勝負
大神山神社には
「健康系(有名)」「子供系(有名)」「厄除・開運系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
勝運 病気平癒 安産 厄払い
御祭神
公
主祭神
大穴牟遅神 おおなむちのかみ
相殿
大山津見神 おおやまつみのかみ
相殿
須佐之男神 すさのおのかみ
相殿
少名毘古那神 すくなびこなのかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「伯耆大山系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
大神山神社は鳥取県米子市に鎮座する神社。御祭神は大穴牟遅神、大山津見神、須佐之男神、少名毘古那神の4柱をまつる。
社格は式内社であり、伯耆国二宮、旧国幣小社。
大山は古く大神岳、大神山と呼ばれた。奈良時代前半に編纂された『出雲国風土記』の国引き神話には、伯耆国の「大神岳」が登場する。
承和4年(837)、『続日本後紀』には伯耆国会見郡の大山神に従五位下を授けたことが記されている。斉衡3年(856)には正五位下、貞観9年(867)には正五位上へ進み、延長5年(927)成立の『延喜式』神名帳には「大神山神社」の名が記載された。
大山中腹では祭祀が行われていたが、冬季は積雪が多く奉仕が困難であったため、大山から西へ約8km下った丸山に冬宮が設けられた。大山の社では夏季に祭事が行われ、丸山の冬宮跡は現在も大神谷と呼ばれている。
神仏習合が進むと、大山の夏宮では大己貴神の本地仏として地蔵菩薩が祀られ、大山権現、大智明権現と称された。平安時代から鎌倉時代にかけては、大智明権現社の周囲に寺院や僧坊が営まれ、大山寺の勢力が拡大した。
平安時代末期には、丸山の冬宮が福万原へ移された。福万原の社には本殿、廻廊、拝殿、随神門などが設けられていたと伝えられる。その後、室町時代の兵火によって大山の夏宮と冬宮はいずれも焼失した。
江戸時代初期、大山では豪円僧正が徳川家康から3,000石の大山領を認められた。大山の夏宮には社僧が集められ、二宮大明神と称された冬宮では神職が奉仕した。
承応2年(1653)、中間庄の豪農・郡八兵衛の発議により、冬宮が福万原から現在の米子市尾高へ奉遷され、社殿が建立された。明和5年(1768)の『神社改帳』には、二宮大明神の社殿と末社の門老父、門老母、朝宮権現、新八幡宮などが記されている。
文化5年(1808)には藩の用林から用材が供給され、汗入郡から人夫が徴発されて現在の本殿が造営された。天保6年(1835)には本殿が修復され、幣殿と拝殿が新築された。
明治4年(1871)、尾高の冬宮は大神山神社と改称して国幣小社となった。明治8年(1875)には大山の大智明権現社が大神山神社奥宮となり、尾高の本社と大山の奥宮が一社となった。
昭和61年(1986)の遷宮に際して社務所や手水舎などが新築された。境内には大山の奥宮と下山神社を遥拝する遥拝所が設けられている。
境内には千数百株の紫陽花が植えられ、初夏には境内を彩る。本社では4月29日に春季祭、6月に菖蒲勝運祈願祭、10月9日に例祭が斎行される。
社格は式内社であり、伯耆国二宮、旧国幣小社。
大山は古く大神岳、大神山と呼ばれた。奈良時代前半に編纂された『出雲国風土記』の国引き神話には、伯耆国の「大神岳」が登場する。
承和4年(837)、『続日本後紀』には伯耆国会見郡の大山神に従五位下を授けたことが記されている。斉衡3年(856)には正五位下、貞観9年(867)には正五位上へ進み、延長5年(927)成立の『延喜式』神名帳には「大神山神社」の名が記載された。
大山中腹では祭祀が行われていたが、冬季は積雪が多く奉仕が困難であったため、大山から西へ約8km下った丸山に冬宮が設けられた。大山の社では夏季に祭事が行われ、丸山の冬宮跡は現在も大神谷と呼ばれている。
神仏習合が進むと、大山の夏宮では大己貴神の本地仏として地蔵菩薩が祀られ、大山権現、大智明権現と称された。平安時代から鎌倉時代にかけては、大智明権現社の周囲に寺院や僧坊が営まれ、大山寺の勢力が拡大した。
平安時代末期には、丸山の冬宮が福万原へ移された。福万原の社には本殿、廻廊、拝殿、随神門などが設けられていたと伝えられる。その後、室町時代の兵火によって大山の夏宮と冬宮はいずれも焼失した。
江戸時代初期、大山では豪円僧正が徳川家康から3,000石の大山領を認められた。大山の夏宮には社僧が集められ、二宮大明神と称された冬宮では神職が奉仕した。
承応2年(1653)、中間庄の豪農・郡八兵衛の発議により、冬宮が福万原から現在の米子市尾高へ奉遷され、社殿が建立された。明和5年(1768)の『神社改帳』には、二宮大明神の社殿と末社の門老父、門老母、朝宮権現、新八幡宮などが記されている。
文化5年(1808)には藩の用林から用材が供給され、汗入郡から人夫が徴発されて現在の本殿が造営された。天保6年(1835)には本殿が修復され、幣殿と拝殿が新築された。
明治4年(1871)、尾高の冬宮は大神山神社と改称して国幣小社となった。明治8年(1875)には大山の大智明権現社が大神山神社奥宮となり、尾高の本社と大山の奥宮が一社となった。
昭和61年(1986)の遷宮に際して社務所や手水舎などが新築された。境内には大山の奥宮と下山神社を遥拝する遥拝所が設けられている。
境内には千数百株の紫陽花が植えられ、初夏には境内を彩る。本社では4月29日に春季祭、6月に菖蒲勝運祈願祭、10月9日に例祭が斎行される。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
例祭
歳旦祭 1月1日
本社秋季大祭 4月29日
本社秋季大祭 10月9日
除夜祭(大祓) 12月31日
本社秋季大祭 4月29日
本社秋季大祭 10月9日
除夜祭(大祓) 12月31日
文化財
短刀 銘 備州長船住兼光 附 金熨斗付合口拵
国 重要文化財
工芸品 大正元年9月3日指定
工芸品 大正元年9月3日指定
大神山神社石の大鳥居
国 登録有形文化財
建造物 平成14年6月25日登録
建造物 平成14年6月25日登録
刀 無銘古伯耆物 附 銀造糸巻太刀拵
鳥取県 指定文化財
工芸品 昭和62年12月25日指定
工芸品 昭和62年12月25日指定
大山のもひとり神事
鳥取県 無形民俗文化財
文化財種別不明 平成24年2月24日指定
文化財種別不明 平成24年2月24日指定
太刀 銘 安綱
米子市 有形文化財
工芸品 文化財指定日不明
工芸品 文化財指定日不明
建築
本社 切妻造妻入
奥宮 権現造
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.oogamiyama.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
鳥取県
https://www.pref.tottori.lg.jp/82427.htm
米子市
https://www.city.yonago.lg.jp/8420.htm
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
http://www.oogamiyama.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
鳥取県
https://www.pref.tottori.lg.jp/82427.htm
米子市
https://www.city.yonago.lg.jp/8420.htm
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
