鳴尾八幡神社 - 神社ファン

有名度

前頭

鳴尾八幡神社

なるおはちまんじんじゃ

兵庫県西宮市上鳴尾町14-21

兵庫県西宮市上鳴尾町14-21

拝殿

Hirojin taja(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
鳴尾八幡神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利 国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系」 「伊勢・神明系

です。
他に 「えびす系」 「春日系」 「不明(3柱)」 「祇園・須佐系」 「金毘羅系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

鳴尾八幡神社は兵庫県西宮市に鎮座する神社。御祭神は応神天皇、天照皇太神、蛭子大神、春日大明神、岩屋大明神、氷室大明神、若宮大明神、素戔嗚尊、琴刀比羅神の9柱をまつる。
社格は旧村社。
鳴尾八幡神社の創建は、後花園天皇の文安年間(1444年-1449年)にさかのぼると伝えられている。旧称は廣幡八幡宮であり、文明年間には鳴尾村を含む7村の総鎮守としての地位を確立し、「本郷の宮」と称された。こうした背景から、地域の中心的な神社としての性格は早くから形成され、鳴尾一帯の人々の信仰を広く集めてきたことがうかがえる。
さらに当社は、有栖川宮家の篤い崇敬を受け、幣帛や御歌の寄進が重ねられてきた。拝殿に掲げられていた扁額は、慶応3年(1867年)11月に有栖川宮熾仁親王から奉献された勅額であり、当社の由緒を象徴する存在であったが、後年の震災によって破損し、現在はその複製が掲げられている。
明治39年(1906年)の神社合祀令公布後には、鳴尾村における村社・総鎮守として再編の中心を担うこととなり、翌年から大正元年(1912年)にかけて砂浜神社をはじめとする村内の諸社を合祀した。これにより地域の祭祀は当社に集約され、近代神社制度の中でその位置づけを一層明確にしていった。
社殿については、文化8年(1811年)に再建された記録が残されており、当時は拝殿が瓦葺、本殿が檜皮葺三間社春日造という特徴的な構成であった。これらの建物は長く維持されてきたが、平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災により本殿が全壊する被害を受けた。その後、平成12年(2000年)3月に本殿は再建され、さらに令和4年(2022年)6月には本拝殿屋根の修繕工事が完了し、同年6月25日に本殿遷座祭が斎行されている。
境内は約2,000坪の広さを有し、約1400年頃から生育しているとされるクロマツの巨木が群生することで知られている。この森は西宮市の景観樹林保護地区に指定されており、南端の鳥居から社殿前に至るまで約170mにわたって一直線に参道が延びる景観は、現在も変わらず保たれている。
祭事としては、7月9日の夏祭、10月20日の秋祭をはじめ、境内社である天満宮例祭や子安社例祭などが継続して行われており、地域の暮らしと密接に結びついた祈りの場として、今なお大切に受け継がれている。
  • 村社
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神社詳細

正式名称

八幡神社

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%B4%E5%B0%BE%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE