飛騨東照宮 - 神社ファン

有名度

前頭

飛騨東照宮

ひだとうしょうぐう

岐阜県高山市西之一色町1004番地

岐阜県高山市西之一色町1004番地

拝殿

Opqr(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 厄除
飛騨東照宮には

「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家安泰 仕事運向上 開運

御祭神

徳川家康 とくがわいえやす
大山咋神 おおやまぐいのかみ
応神天皇 おうじんてんのう
家都御子神 けつみこのかみ
速玉男神 はやたまおのかみ
熊野久須美神 くまのくすみのかみ
菊理媛命 くくりひめのみこと
伊邪那岐命 いざなぎのみこと
伊邪那美命 いざなみのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

東照宮系

です。
他に 「日吉・山王系」 「八幡系」 「熊野系」 「白山系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

飛騨東照宮は岐阜県高山市に鎮座する神社。御祭神は徳川家康、大山咋神、応神天皇、家都御子神、速玉男神、熊野久須美神、菊理媛命、伊邪那岐命、伊邪那美命の9柱をまつる。
社格は旧郷社。
創建は元和5年(1619年)とされ、飛騨高山藩主の金森重頼が徳川家康を祀ったことに始まる。もとは高山城内に東照宮として祀られていたが、のちに現在地へ遷されたと伝えられている。
江戸時代を通じて東照宮信仰は各地に広がったものの、高山では藩主家の移封などを背景に、一時荒廃した時期もあったという。その後、再建の機運が高まり、文化15年(1818年)に本殿などが上棟され、霊廟建築としての姿が整えられた。
現存する本殿周辺は、唐門を正面に据え、透塀を巡らせる構成を特徴とする。一連の配置と意匠は、桃山期に完成した廟建築の形式を受け継ぐものとして位置づけられており、霊廟建築らしい厳粛でまとまりのある景観を形成している。
近現代においても保存のための修理が重ねられてきた。昭和36年(1961年)には本殿と唐門の屋根が柿葺から銅板葺へ改修され、昭和50年(1975年)には石垣と石段の修理が行われている。こうした手当てにより、境内の中心景観は今日まで良好に保たれてきた。
本殿と唐門、透塀は岐阜県指定重要文化財であり、あわせて本地堂(現 朝日稲荷神社・菅公廟)は高山市指定有形文化財、四神旗4本は高山市指定有形民俗文化財に指定されている。社殿群と文化財が一体となり、高山における東照宮信仰の歴史を今に伝えている。
例祭は4月15日に斎行され、この日におかめ獅子舞が奉納される。長い石段や朱色の要素が点景となる境内は、城下町高山の歴史の層を感じさせ、東照宮信仰と地域の祈りが重なり合いながら受け継がれてきた場である。
  • 郷社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 入母屋造銅板葺

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%A8%A8%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/