有名度
前頭上位深志神社
ふかしじんじゃ
長野県松本市深志3-7-43
長野県松本市深志3-7-43

深志(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
かんたんご利益
- 学業
- 勝負
深志神社には
「学業・技芸系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
武の神 学問の神
御祭神
宮村宮
建御名方富命 たけみなかたとみのみこと
天満宮
菅原道真公 すがわらみちざねこう
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
深志神社は長野県松本市に鎮座する神社。御祭神は建御名方富命、菅原道真公の2柱をまつる。
社格は旧県社、現在は別表神社。
深志神社は暦応2年(1339)、信濃国守護の小笠原貞宗によって創建されたと伝えられる。貞宗は諏訪明神である建御名方富命の霊夢を受け、建武2年(1335)に井川城を築いて信濃へ入った。その後、井川城の艮にあたる庄内郷宮村に社殿を造営して建御名方富命を祀り、宮村明神と称した。
応永9年(1402)、小笠原貞基は京都の北野天満宮から菅原道真公を勧請し、井川城外の鎌田の池に祀った。これが深志神社に鎮座する天満宮の起源である。
永正元年(1504)、小笠原氏が深志城へ本拠を移すと、宮村明神は城の鎮守、産土神として祀られた。このとき社殿は西向きに改められ、深志城の巽の方角に鎮座する形となった。
戦国時代に小笠原氏が信濃を離れると宮村明神は荒廃した。天正10年(1582)に小笠原氏が信濃へ復帰すると社殿が修造され、その後、小笠原秀政が鎌田の天満宮を宮村明神の右座へ遷した。建御名方富命を祀る宮村宮と菅原道真公を祀る天満宮が並び、宮村両社と称されるようになった。
元和元年(1615)、大坂の陣から帰陣した小笠原忠真は、南深志13ヶ町の氏子に山車舞台を造らせ、社前へ曳き入れたと伝えられる。神輿2基も町内を渡御し、現在の天神祭へ続く神輿と舞台の行事が行われた。舞台の名称は元禄5年(1692)の文書にも記録されている。
江戸時代には松本藩歴代藩主の崇敬を受け、南深志の総鎮守として祀られた。元禄11年(1698)には松本城主の水野忠直が2基の神輿を寄進した。
天保12年(1841)、京都の吉田家の許可を受け、宮村宮から深志神社へ改称した。昭和3年(1928)には県社に列格した。平成14年(2002)には菅原道真公御正忌1100年大祭が斎行され、社殿や境内の改修整備が行われた。
現在の拝殿は幣殿を伴う入母屋造で、銅板葺の屋根と極彩色の装飾を備える。本体部分は江戸時代中期に営繕されたものとされ、正面には明治30年(1897)に伏見宮貞愛親王が揮毫した社号額が掲げられている。
水野忠直が寄進した2基の神輿は松本市重要文化財に指定されている。いずれも四注造で、宮村大明神の神輿には梶の葉紋、深志天満宮の神輿には梅鉢紋が配され、彫刻や金具で装飾されている。
例大祭の天神祭は毎年7月24日・25日に斎行される。24日には氏子町内の舞台が境内へ曳き込まれ、25日には2基の神輿が氏子町内を巡幸する。現在16台ある舞台は、平成13年(2001)に「松本城下町の舞台」として松本市重要有形民俗文化財に指定されている。
社格は旧県社、現在は別表神社。
深志神社は暦応2年(1339)、信濃国守護の小笠原貞宗によって創建されたと伝えられる。貞宗は諏訪明神である建御名方富命の霊夢を受け、建武2年(1335)に井川城を築いて信濃へ入った。その後、井川城の艮にあたる庄内郷宮村に社殿を造営して建御名方富命を祀り、宮村明神と称した。
応永9年(1402)、小笠原貞基は京都の北野天満宮から菅原道真公を勧請し、井川城外の鎌田の池に祀った。これが深志神社に鎮座する天満宮の起源である。
永正元年(1504)、小笠原氏が深志城へ本拠を移すと、宮村明神は城の鎮守、産土神として祀られた。このとき社殿は西向きに改められ、深志城の巽の方角に鎮座する形となった。
戦国時代に小笠原氏が信濃を離れると宮村明神は荒廃した。天正10年(1582)に小笠原氏が信濃へ復帰すると社殿が修造され、その後、小笠原秀政が鎌田の天満宮を宮村明神の右座へ遷した。建御名方富命を祀る宮村宮と菅原道真公を祀る天満宮が並び、宮村両社と称されるようになった。
元和元年(1615)、大坂の陣から帰陣した小笠原忠真は、南深志13ヶ町の氏子に山車舞台を造らせ、社前へ曳き入れたと伝えられる。神輿2基も町内を渡御し、現在の天神祭へ続く神輿と舞台の行事が行われた。舞台の名称は元禄5年(1692)の文書にも記録されている。
江戸時代には松本藩歴代藩主の崇敬を受け、南深志の総鎮守として祀られた。元禄11年(1698)には松本城主の水野忠直が2基の神輿を寄進した。
天保12年(1841)、京都の吉田家の許可を受け、宮村宮から深志神社へ改称した。昭和3年(1928)には県社に列格した。平成14年(2002)には菅原道真公御正忌1100年大祭が斎行され、社殿や境内の改修整備が行われた。
現在の拝殿は幣殿を伴う入母屋造で、銅板葺の屋根と極彩色の装飾を備える。本体部分は江戸時代中期に営繕されたものとされ、正面には明治30年(1897)に伏見宮貞愛親王が揮毫した社号額が掲げられている。
水野忠直が寄進した2基の神輿は松本市重要文化財に指定されている。いずれも四注造で、宮村大明神の神輿には梶の葉紋、深志天満宮の神輿には梅鉢紋が配され、彫刻や金具で装飾されている。
例大祭の天神祭は毎年7月24日・25日に斎行される。24日には氏子町内の舞台が境内へ曳き込まれ、25日には2基の神輿が氏子町内を巡幸する。現在16台ある舞台は、平成13年(2001)に「松本城下町の舞台」として松本市重要有形民俗文化財に指定されている。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
例祭
歳旦祭 1月1日
元始祭 1月8日
市神祭(あめ市) 1月10日・11日
節分祭 2月3日
建国祭 2月11日
祈年祭 3月25日
奨学祭 3月下旬
楠公祭 5月25日
大祓式 6月30日
八坂祭 7月14日・15日
例大祭(天神祭り) 7月24日・25日
宮村祭 9月8日・9日
愛染祭 9月25日
七五三 11月中
金山祭 11月8日
恵比寿祭 11月18日~20日
松尾祭 11月下旬
新嘗祭、末社祭 11月25日
大麻領布始祭 12月初旬
大祓式 12月30日
除夜祭 12月31日
元始祭 1月8日
市神祭(あめ市) 1月10日・11日
節分祭 2月3日
建国祭 2月11日
祈年祭 3月25日
奨学祭 3月下旬
楠公祭 5月25日
大祓式 6月30日
八坂祭 7月14日・15日
例大祭(天神祭り) 7月24日・25日
宮村祭 9月8日・9日
愛染祭 9月25日
七五三 11月中
金山祭 11月8日
恵比寿祭 11月18日~20日
松尾祭 11月下旬
新嘗祭、末社祭 11月25日
大麻領布始祭 12月初旬
大祓式 12月30日
除夜祭 12月31日
文化財
深志神社神輿
松本市 重要文化財
工芸品 昭和44年7月4日指定
工芸品 昭和44年7月4日指定
深志神社の宝物
松本市 重要文化財
歴史資料 平成21年12月22日指定
歴史資料 平成21年12月22日指定
松本城下町の舞台
松本市 重要有形民俗文化財
文化財種別不明 平成13年7月2日指定
文化財種別不明 平成13年7月2日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.fukashi-tenjin.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B1%E5%BF%97%E7%A5%9E%E7%A4%BE
松本市
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/soshiki/134/51911.html
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/
http://www.fukashi-tenjin.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B1%E5%BF%97%E7%A5%9E%E7%A4%BE
松本市
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/soshiki/134/51911.html
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/
