有名度
前頭金峯神社
きんぷじんじゃ
新潟県長岡市西蔵王2丁目6番19号
新潟県長岡市西蔵王2丁目6番19号

Fra.Orbis.mundi(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
金峯神社以外にも 蔵王さま とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 恋愛
- 仕事
- 金運
金峯神社には
「恋愛系」「仕事系」「金運系(有名)」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
鉱山守護 金運 縁結び 稲作 諸業繁栄 良縁
御祭神
公
金山彦命 かなやまひこのみこと
相殿
大地主命 おおとこぬしのみこと
相殿
須勢理比売命 すせいひめのみこと
相殿
沼奈川比売命 ぬながわひめのみこと
相殿
長岡の各町に鎮座される産土神社合祀霊 ながおかのかくまちにちんざされるうぶすなじんじゃごうしれい
相殿
宇迦之御魂命 うかのみたまのみこと
相殿
火之迦魂命 ほのかぐつちのみこと
相殿
大山咋命 おおやまつみのみこと
相殿
誉田別命 ほんだわけのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「蔵王系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
金峯神社は新潟県長岡市に鎮座する神社。御祭神は金山彦命、大地主命、須勢理比売命、沼奈川比売命、長岡の各町に鎮座される産土神社合祀霊、宇迦之御魂命、火之迦魂命、大山咋命、誉田別命の9柱をまつる。
社格は旧県社。
創建は和銅2年(709年)、元明天皇の勅願によって北国鎮護のため大和国吉野の蔵王権現を古志郡楡原の地に勧請したことに始まると伝わる。創建当初は大伽藍が立ち並び、修験者秋葉三尺坊をはじめ多数の僧徒や山伏が集まり、北陸から奥州にまで影響を及ぼす一大修験勢力であったと伝えられる。その後、戦禍で伽藍が焼失し、仏体は三島郡矢田へ遷された。
中世の仁治3年(1242年)には、越後中越地方の中心地であった又倉村の産土神・又倉神社と合祀され、神仏習合の祭祀体系として再興した。信仰が高まるにつれ、地名は蔵王村へと変わり、蔵王堂城を中心とする勢力は南北朝期の争乱の舞台ともなった。上杉氏の領国期には天台宗から真言宗へと宗派が変わり、蔵王堂城主・堀直竒が平方原に長岡城を築いた際、門前町も移住し、これが現在の長岡の町並みの起源とされている。
近世の江戸時代には、天海僧正の意向により再び天台宗に改められ、寛永2年(1625年)に東叡山寛永寺の附庸となった。この地は天領として代官所が置かれ、「八十ヶ町村の総氏神」「越後中越地方の総鎮守」と称されるほどの崇敬を集めた。三代将軍徳川家光は朱印地300石と御簾を寄進し、長岡藩牧野家も家督相続時に必ず参詣したとされる。元和年間に社殿が焼失したが、歴代の寄進により再建が進んだ。
明治維新後の神仏分離令を受けて安禅寺は廃され、社号を金峯神社と改めて神祇として再編され、県社に列した。明治40年には火災で社殿を焼失したが、大正2年に再建され、昭和21年には社格制度の廃止を迎えた。平成15年には不審火で拝殿が損傷し、翌年の中越地震で本殿基礎にも被害を受けたが、平成17年には修復が完工し、平成21年には御創建1300年祭が斎行された。
社格は旧県社。
創建は和銅2年(709年)、元明天皇の勅願によって北国鎮護のため大和国吉野の蔵王権現を古志郡楡原の地に勧請したことに始まると伝わる。創建当初は大伽藍が立ち並び、修験者秋葉三尺坊をはじめ多数の僧徒や山伏が集まり、北陸から奥州にまで影響を及ぼす一大修験勢力であったと伝えられる。その後、戦禍で伽藍が焼失し、仏体は三島郡矢田へ遷された。
中世の仁治3年(1242年)には、越後中越地方の中心地であった又倉村の産土神・又倉神社と合祀され、神仏習合の祭祀体系として再興した。信仰が高まるにつれ、地名は蔵王村へと変わり、蔵王堂城を中心とする勢力は南北朝期の争乱の舞台ともなった。上杉氏の領国期には天台宗から真言宗へと宗派が変わり、蔵王堂城主・堀直竒が平方原に長岡城を築いた際、門前町も移住し、これが現在の長岡の町並みの起源とされている。
近世の江戸時代には、天海僧正の意向により再び天台宗に改められ、寛永2年(1625年)に東叡山寛永寺の附庸となった。この地は天領として代官所が置かれ、「八十ヶ町村の総氏神」「越後中越地方の総鎮守」と称されるほどの崇敬を集めた。三代将軍徳川家光は朱印地300石と御簾を寄進し、長岡藩牧野家も家督相続時に必ず参詣したとされる。元和年間に社殿が焼失したが、歴代の寄進により再建が進んだ。
明治維新後の神仏分離令を受けて安禅寺は廃され、社号を金峯神社と改めて神祇として再編され、県社に列した。明治40年には火災で社殿を焼失したが、大正2年に再建され、昭和21年には社格制度の廃止を迎えた。平成15年には不審火で拝殿が損傷し、翌年の中越地震で本殿基礎にも被害を受けたが、平成17年には修復が完工し、平成21年には御創建1300年祭が斎行された。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
情報募集
例祭
歳旦祭 1月1日
塞の神神事 1月
宵宮祭 4月14日
春季大祭・神幸祭(神輿渡御祭) 4月15日
大祓 6月30日
七夕祭 7月7日
宵宮祭 7月14日
例祭・流鏑馬神事 7月15日
長岡市発展祈願祭 8月2日
王神祭 11月5日
大祓・除夜祭 12月31日
塞の神神事 1月
宵宮祭 4月14日
春季大祭・神幸祭(神輿渡御祭) 4月15日
大祓 6月30日
七夕祭 7月7日
宵宮祭 7月14日
例祭・流鏑馬神事 7月15日
長岡市発展祈願祭 8月2日
王神祭 11月5日
大祓・除夜祭 12月31日
文化財
王神祭
新潟県 無形民俗文化財
民俗芸能 昭和36年3月20日指定
民俗芸能 昭和36年3月20日指定
金峯神社の流鏑馬
長岡市 無形民俗文化財
風俗慣習 昭和46年3月29日指定
風俗慣習 昭和46年3月29日指定
蔵王の大欅
長岡市 天然記念物
文化財種別不明 昭和38年指定
文化財種別不明 昭和38年指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.kinpu.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%B3%AF%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E9%95%B7%E5%B2%A1%E5%B8%82)
新潟県
https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/bunka/1211389257758.html
長岡市
https://www.museum.city.nagaoka.niigata.jp/know_more/bunkazai_sitei/
新潟県神社庁
https://niigata-jinjacho.jp/
http://www.kinpu.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%B3%AF%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E9%95%B7%E5%B2%A1%E5%B8%82)
新潟県
https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/bunka/1211389257758.html
長岡市
https://www.museum.city.nagaoka.niigata.jp/know_more/bunkazai_sitei/
新潟県神社庁
https://niigata-jinjacho.jp/
