スセリビメ
すせりびめ
- 神話・伝説
- 女神・女性

祭神ランキング144位
スセリビメとは?
スセリビメは『古事記』『出雲国風土記』『先代旧事本紀』などに登場する女神である。『古事記』では須勢理毘売命、須勢理毘売、須世理毘売、『出雲国風土記』では和加須世理比売命などと記される。スサノオの娘であり、根の堅州国を訪れた大国主と出会って結ばれ、その正妻となった。
『古事記』では、当時大穴牟遅神と呼ばれていた大国主が根の堅州国を訪れると、スセリビメと互いに目を合わせて結婚した。しかし、父のスサノオは大国主にさまざまな試練を課した。蛇のいる室やムカデと蜂のいる室に入れられた際には、スセリビメが蛇や虫を退ける比礼《ひれ》を授けて助けた。また、スサノオから頭の虱を取るよう命じられたものの、その頭にいたのが多くのムカデだった時には、ムクの実と赤土を渡し、大国主がムカデを噛みつぶしているように見せかけるのを助けている。
その後、大国主はスサノオが眠っている間にその髪を柱に結びつけ、戸口を大岩で塞いで、スセリビメとともに根の堅州国から逃げ出した。追いかけたスサノオは大国主に対し、大国主神、宇都志国玉神となって国を治め、スセリビメを正妻として壮大な宮殿を建てるよう告げた。こうしてスセリビメは、大国主の国づくりを支える正妻として位置づけられている。
一方、大国主がほかの女神に妻問いすることを嫉妬する姿も『古事記』に描かれている。大国主がスセリビメの嫉妬を恐れて出雲から大和へ向かおうとした際には、二神が互いに歌を交わし、最後には酒を酌み交わして夫婦の結び付きを確かめた。このためスセリビメは嫉妬深い女神として語られる一方、大国主との強い夫婦の絆を象徴する女神としても信仰されている。
スセリビメは大国主を幾度も危機から救い、国づくりを支えた女神として、縁結び、夫婦和合、家内安全、困難克服などの神徳で信仰されている。代表的な神社に島根県出雲市の出雲大社があり、本殿東側の御向社《大神大后神社》に祀られている。
エピソード
兄神たちである八十神の迫害から逃れた大穴牟遅神は、大屋毘古神の助言に従い、スサノオが治める根の堅州国《ねのかたすくに》へ向かった。そこでスサノオの娘であるスセリビメと出会い、二神は互いに心を通わせて夫婦となった。しかし、スサノオは大穴牟遅神を葦原色許男命《あしはらのしこおのみこと》と呼び、次々に試練を課した。
最初に入れられたのは蛇の室である。スセリビメは蛇を鎮める力を持つ比礼を夫に渡し、蛇が襲ってきたときには三度振るよう教えた。翌夜にはムカデと蜂の室へ入れられたが、スセリビメは再び比礼を渡して夫を救った。スサノオが広い野へ鏑矢を射込み、矢を探している大穴牟遅神を火で囲んだ際には、鼠の助けによって難を逃れている。
さらにスサノオは、自分の頭にいる虱を取るよう命じたが、そこにいたのは多数のムカデだった。スセリビメはムクの実と赤土を夫に渡した。大穴牟遅神が実を噛み、赤土を口に含んで吐き出すと、スサノオはムカデを噛みつぶしていると思い、その働きを認めて眠りについた。スセリビメは、危険を鎮める呪力と機転によって夫の試練を支えた女神として描かれている。
出典・参考:『古事記』上巻、國學院大學古典文化学事業「須勢理毘売」「根の堅州国訪問」
スセリビメの助けによって数々の試練を乗り越えた大穴牟遅神は、眠ったスサノオの髪を室の垂木に結び付け、戸口を大岩で塞いだ。そして生大刀《いくたち》、生弓矢《いくゆみや》、天詔琴《あめののりごと》を持ち、スセリビメを背負って根の堅州国から逃げ出した。途中で琴が木に触れて大きな音を立てたため、スサノオは目を覚まし、室を引き倒した。しかし、結ばれた髪を解く間に二神は遠くまで逃げることができた。
黄泉比良坂《よもつひらさか》まで追ってきたスサノオは、逃げる大穴牟遅神に対し、生大刀と生弓矢で八十神を山の裾や川の瀬へ追い払い、大国主神、宇都志国玉神となるよう告げた。さらにスセリビメを嫡妻とし、宇迦能山《うかのやま》のふもとに太い宮柱を立て、高天原に届くほど高い千木を上げた宮殿を造って暮らすよう命じた。
この脱出は、単なる駆け落ちではない。大穴牟遅神は根の国の主であるスサノオから武器と琴を得て、スセリビメを正妻として連れ帰ることにより、葦原中国を治める大国主神へと立場を変える。スセリビメとの婚姻は、異界の霊力と正統性を大国主にもたらす重要な転換点になっている。
出典・参考:『古事記』上巻、國學院大學古典文化学事業「須勢理毘売」「根の堅州国訪問」「大国主神」「宇都志国玉神」
『古事記』では、スセリビメは大国主の妻たちの中でも、正妻を意味する嫡妻、嫡后と記される。大国主と最初に結ばれた八上比売は、スセリビメを恐れて、生んだ子を木の俣に挟んで因幡国、現在の鳥取県へ帰った。また、大国主が高志国、現在の新潟県周辺の沼河比売に妻問いした後には、スセリビメが激しく嫉妬したと記されている。
大国主はスセリビメの嫉妬に困り、大和国へ向かおうとして馬に乗りかけた。そのとき、大国主は衣装を整えながら歌を詠み、スセリビメも杯を手に歌を返した。スセリビメの歌は、大国主が男神である以上、各地に妻を持つことを認めながらも、自分こそが大国主の妻であり、二神が末永く結ばれることを願う内容を持つ。二神は互いに杯を交わし、現在まで鎮座していると結ばれる。
この場面はスセリビメを単に嫉妬深い女神として描くだけのものではない。多くの土地の女神へ妻問いする大国主に対し、スセリビメが正妻としての地位を確かめ、夫婦の関係を改めて結び直す物語である。夫婦が歌を交わして別離を避けたことから、後世には夫婦和合や縁結びの神として信仰されるようになった。
出典・参考:『古事記』上巻、國學院大學古典文化学事業「須勢理毘売」「八千矛神」
『出雲国風土記』の神門郡滑狭郷《かんどのこおりなめさのさと》の条には、スサノオの娘である和加須世理比売命が、天の下を造った大神と結婚したと記される。表記は『古事記』の須勢理毘売と異なるが、スサノオの娘で国づくりの大神の妻という立場が共通しており、同じ女神に関する伝承と考えられている。
島根県出雲市の出雲大社では、スセリビメは須勢理比売命の名で大神大后神社《おおかみおおきさきのかみのやしろ》に祀られている。この社は御向社《みむかいのやしろ》とも呼ばれ、大国主大神を祀る本殿の東側に鎮座する。出雲大社では、大国主大神の国づくりを助け、大国主大神と睦まじく結ばれた后神としてたたえられている。
スセリビメは『古事記』で夫の試練を救う力強い女神として描かれ、『出雲国風土記』でも国づくりの大神の妻として伝えられた。その信仰は出雲大社の境内祭祀へ受け継がれ、国づくりを支える后神、夫婦の結び付きを守る女神として現在も祀られている。神話における嫡妻という立場が、実際の神社では大后神という神格によって表されているのである。
出典・参考:『出雲国風土記』神門郡滑狭郷、出雲大社「摂末社」、出雲市「出雲大社のご紹介」、國學院大學古典文化学事業「須勢理毘売」
出典文献
古事記
先代旧事本紀
延喜式
出雲国風土記
神格
ご神徳
別称・異称
すせりびめ
古事記
須世理毘売すせりびめ
古事記
須勢理姫すせりびめひめ
先代旧事本紀
和加須西利比売神わかすせりひめのかみ
延喜式
和加須世理比売命わかすせりひめのみこと
出雲国風土記
若須勢理比売命わかすせりひめのみこと
その他
須世理姫命すせりひめのみこと
その他
須勢利姫命すせりひめのみこと
その他
須勢姫命すせりひめのみこと
その他
須勢理比売すせりひめ
その他
神様グループ
祀られている主な神社
大荒比古神社・鞆結神社
(滋賀県高島市マキノ町浦627)
那賣佐神社
(島根県出雲市東神西町720番地)
石高神社
(岡山県中区円山853)
総社宮
(岡山県中区祇園596)
備中国総社宮
(岡山県総社市総社2-18-1)
