有名度
小結洲崎神社
すさきじんじゃ
千葉県館山市洲崎1697番地
千葉県館山市洲崎1697番地



洲崎神社は、安房国最古の神社と伝わり、天比理乃咩命を祀る古社として崇敬される館山の名社です。148段の厄除坂を登ると、海を望む高台に社殿が現れ、爽やかな海風が境内を吹き抜けます。安産や航海安全のご利益で知られ、東京湾が一望できる見晴らしの良い神社です。
神社ワードクラウド
洲崎神社の特徴を視覚的にわかりやすく表現しています。詳しくは見どころをご確認ください。
かんたんご利益
- 仕事
- 子供
- 安全
- 厄除
洲崎神社には
「仕事系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
安産 航海安全 豊漁 五穀豊穣 厄除開運
御祭神
天比理乃咩命 あまのひりのめのみこと
合祀
天太玉命 あまのふとだまのみこと
合祀
天富命 あまのとみのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「洲崎系」
です。他に 「不明(2柱)」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
洲崎神社は千葉県館山市にある神社。天比理乃咩命を主祭神とし、天太玉命、天富命を配祀神としてまつる。
社格は式内社(大社)の論社で安房国一宮。旧県社。
御手洗山の中腹、東京湾の入口を見渡す場所に鎮座する古社である。社伝によると、神武天皇の時代に忌部氏を率いて房総半島を開拓した天富命が、一族の祖神である天太玉命の后神・天比理乃咩命をまつったことに始まるとされる。『延喜式神名帳』に記載される后神天比理乃咩命神社の論社で、古くは「洲神」とも呼ばれた。
房総半島南端に近く、東京湾へ出入りする船を望む立地から、古くより漁業や航海の守護神として信仰された。また安産の神としても崇敬され、万治2年(1659)に成立した『房州安房郡洲崎大明神縁起』をはじめとする縁起類にも、その信仰を伝える記述が残されている。
治承4年(1180)、石橋山の戦いに敗れて安房へ逃れた源頼朝は洲崎神社を崇敬し、源氏再興を祈願して神田を寄進したと伝えられる。また、妻・北条政子の安産も祈願したとされ、以後は関東の武士からも篤い崇敬を受けるようになった。
室町時代には江戸城を築いた太田道灌が江戸の守護として分霊を勧請したと伝えられる。中世から近世にかけては品川湊や神奈川湊など、東京湾内の港湾や流通の拠点となった地域にも分霊がまつられ、海上交通の守護神として信仰を広げた。
戦国時代には房総地方を支配した里見氏からも崇敬された。里見氏7代の里見義弘は社領5石を寄進し、江戸時代に入るとその社領は幕府の朱印状によって安堵された。こうして洲崎神社は地域の神社であるとともに、東京湾を行き交う人々から信仰される海上守護の神社として発展した。
境内へは随身門を通り、「厄祓坂」と呼ばれる148段の石段を上る。石段の先には朱塗りの拝殿と本殿が建ち、御手洗山の斜面に形成された境内から海を望むことができる。
本殿は社伝では延宝年間(1673~1681)の造営とされる。三間社流造の建物で、神社建築としては珍しい唐様三手先の組物を備えている。江戸時代中期以降に施された彫刻や修理の痕跡がみられるほか、旧社殿から転用されたと考えられる寛永期の様式を残す蟇股もあり、館山市の有形文化財に指定されている。
海側の参道には「御神石」と呼ばれる霊石がまつられている。竜宮から洲崎大明神へ奉納されたとする伝説や、役行者が海上安全を願って置いたとする伝説などがあり、いずれの伝承でも石は一対であったとされる。
もう一方の石は東京湾を挟んだ対岸、三浦半島の安房口神社にまつられていると伝えられる。安房口神社の石を口を開いた「阿形」、洲崎神社の御神石を口を閉じた「吽形」に見立て、東京湾の入口を守護する一対の狛犬のような存在として信仰されている。
毎年2月の初午と8月の例大祭には、伝統芸能「洲崎のミノコオドリ」が奉納される。「洲崎踊り」とも呼ばれ、みろく踊りとかしま踊りからなる。太鼓役と歌役を中心に、主として少女たちが輪をつくり、御幣や扇を手に舞うもので、千葉県の無形民俗文化財に指定されている。
みろく踊りには海の彼方から富や豊作をもたらす弥勒への願いが込められ、かしま踊りには鹿島信仰に基づいて悪霊を払い、災厄を退ける意味があるとされる。豊作や豊漁、地域の安泰を願う祭礼として長く受け継がれ、海とともに暮らしてきた洲崎の信仰を現在に伝えている。
天比理乃咩命をまつる洲崎神社は、房総半島南端に近い御手洗山から東京湾を見守り、古くから航海や漁業、安産の神として崇敬されてきた。源頼朝をはじめとする武家の信仰を受け、東京湾沿岸へ分霊が広がるなど、海上交通と深く結びつきながら発展してきた神社である。
社格は式内社(大社)の論社で安房国一宮。旧県社。
御手洗山の中腹、東京湾の入口を見渡す場所に鎮座する古社である。社伝によると、神武天皇の時代に忌部氏を率いて房総半島を開拓した天富命が、一族の祖神である天太玉命の后神・天比理乃咩命をまつったことに始まるとされる。『延喜式神名帳』に記載される后神天比理乃咩命神社の論社で、古くは「洲神」とも呼ばれた。
房総半島南端に近く、東京湾へ出入りする船を望む立地から、古くより漁業や航海の守護神として信仰された。また安産の神としても崇敬され、万治2年(1659)に成立した『房州安房郡洲崎大明神縁起』をはじめとする縁起類にも、その信仰を伝える記述が残されている。
治承4年(1180)、石橋山の戦いに敗れて安房へ逃れた源頼朝は洲崎神社を崇敬し、源氏再興を祈願して神田を寄進したと伝えられる。また、妻・北条政子の安産も祈願したとされ、以後は関東の武士からも篤い崇敬を受けるようになった。
室町時代には江戸城を築いた太田道灌が江戸の守護として分霊を勧請したと伝えられる。中世から近世にかけては品川湊や神奈川湊など、東京湾内の港湾や流通の拠点となった地域にも分霊がまつられ、海上交通の守護神として信仰を広げた。
戦国時代には房総地方を支配した里見氏からも崇敬された。里見氏7代の里見義弘は社領5石を寄進し、江戸時代に入るとその社領は幕府の朱印状によって安堵された。こうして洲崎神社は地域の神社であるとともに、東京湾を行き交う人々から信仰される海上守護の神社として発展した。
境内へは随身門を通り、「厄祓坂」と呼ばれる148段の石段を上る。石段の先には朱塗りの拝殿と本殿が建ち、御手洗山の斜面に形成された境内から海を望むことができる。
本殿は社伝では延宝年間(1673~1681)の造営とされる。三間社流造の建物で、神社建築としては珍しい唐様三手先の組物を備えている。江戸時代中期以降に施された彫刻や修理の痕跡がみられるほか、旧社殿から転用されたと考えられる寛永期の様式を残す蟇股もあり、館山市の有形文化財に指定されている。
海側の参道には「御神石」と呼ばれる霊石がまつられている。竜宮から洲崎大明神へ奉納されたとする伝説や、役行者が海上安全を願って置いたとする伝説などがあり、いずれの伝承でも石は一対であったとされる。
もう一方の石は東京湾を挟んだ対岸、三浦半島の安房口神社にまつられていると伝えられる。安房口神社の石を口を開いた「阿形」、洲崎神社の御神石を口を閉じた「吽形」に見立て、東京湾の入口を守護する一対の狛犬のような存在として信仰されている。
毎年2月の初午と8月の例大祭には、伝統芸能「洲崎のミノコオドリ」が奉納される。「洲崎踊り」とも呼ばれ、みろく踊りとかしま踊りからなる。太鼓役と歌役を中心に、主として少女たちが輪をつくり、御幣や扇を手に舞うもので、千葉県の無形民俗文化財に指定されている。
みろく踊りには海の彼方から富や豊作をもたらす弥勒への願いが込められ、かしま踊りには鹿島信仰に基づいて悪霊を払い、災厄を退ける意味があるとされる。豊作や豊漁、地域の安泰を願う祭礼として長く受け継がれ、海とともに暮らしてきた洲崎の信仰を現在に伝えている。
天比理乃咩命をまつる洲崎神社は、房総半島南端に近い御手洗山から東京湾を見守り、古くから航海や漁業、安産の神として崇敬されてきた。源頼朝をはじめとする武家の信仰を受け、東京湾沿岸へ分霊が広がるなど、海上交通と深く結びつきながら発展してきた神社である。
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見どころ
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随身門・厄祓坂この記事を1人が評価
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浜鳥居(一の鳥居)・御神石この記事を0人が評価
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社号碑・二の鳥居・大注連縄この記事を0人が評価
神社詳細
摂末社・境内社
例祭
元旦祭 1月1日
海上安全・大漁満足祈願祭・湯立神事 1月7日
神社替え 1月8日
境内社・稲荷神社の初午祭 2月初午
子供祭(神輿祭) 7月海の日
例祭前日祭(みのこ踊り奉納) 8月20日
例祭、お浜出神事 8月21日
例祭後日祭(みのこ踊り奉納) 8月22日
洲崎地区合同七五三祈祷 11月15日
大祓並びに御神札類清祓 12月31日
海上安全・大漁満足祈願祭・湯立神事 1月7日
神社替え 1月8日
境内社・稲荷神社の初午祭 2月初午
子供祭(神輿祭) 7月海の日
例祭前日祭(みのこ踊り奉納) 8月20日
例祭、お浜出神事 8月21日
例祭後日祭(みのこ踊り奉納) 8月22日
洲崎地区合同七五三祈祷 11月15日
大祓並びに御神札類清祓 12月31日
文化財
洲崎のミノコオドリ
千葉県 無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和36年6月9日指定
文化財種別不明 昭和36年6月9日指定
洲崎神社自然林
千葉県 天然記念物
文化財種別不明 昭和47年9月29日指定
文化財種別不明 昭和47年9月29日指定
洲崎神社本殿
館山市 有形文化財
建造物 昭和42年2月21日指定
建造物 昭和42年2月21日指定
洲崎大明神縁起
館山市 有形文化財
書跡典籍等 昭和45年8月26日指定
書跡典籍等 昭和45年8月26日指定
神体髪
館山市 有形民俗文化財
文化財種別不明 昭和45年8月26日指定
文化財種別不明 昭和45年8月26日指定
建築
本殿 三間社流造銅板葺
神紋
情報募集
出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%B2%E5%B4%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE
千葉県
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/ken/kenshitei/index.html
館山市
https://www.city.tateyama.chiba.jp/syougaigaku/page006620.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%B2%E5%B4%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE
千葉県
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/ken/kenshitei/index.html
館山市
https://www.city.tateyama.chiba.jp/syougaigaku/page006620.html
