三島神社 臼杵市 - 神社ファン

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三島神社

みしまじんじゃ

大分県臼杵市大字井村1703番

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大分県臼杵市大字井村1703番

拝殿

COUNTR(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 安全
三島神社には

「仕事系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

仕事 安全

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

三島・大山祇系

です。
他に 「天満・天神系」 「年神系」 「稲荷系」 「八幡系」 「おかみ系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

三島神社は大分県臼杵市に鎮座する神社。御祭神は大山祇神、菅原神、大年神、豊受神、品陀和気命、高龗神の6柱をまつる。
社格は旧郷社。
三島神社の創建は徳治2年、1307年と伝えられる。伊予国の豪族越智氏の流れをくむ河野六郎通有の嫡男・河野通忠が、西海の海賊退治のため伊予国の大山祇神社から分霊を奉じて海を渡り、現在の臼杵市芝尾に到着したとされる。
河野通忠は芝尾地区の椎の木の下に仮殿を築いて神霊を祀った。この仮殿は三島神社の旧宮と伝えられる。その後、延慶元年、1309年に三ツ梅が実ったという現在地へ遷座した。戦国時代には、大友宗麟が丹生島城(臼杵城)へ入城した。三島神社は大友氏時代に臼杵五社の一社となり、その後も大友氏、太田一吉、稲葉氏の歴代領主から崇敬を受けた。
慶長元年、1596年には卯の市が始まり、物品の売買のほか、相撲や神楽が奉納された。明和9年、1772年には疫病除けを願って獅子舞が始まり、現在も立野地区の獅子舞が祭礼で奉納されている。
文政10年、1827年には臼杵藩第11代藩主・稲葉雍通が老臣岡部隼人治方を代拝として遣わし、幣帛を奉献した。安政6年、1859年には第14代藩主・稲葉観通が参拝している。
明治9年、1876年には井村に鎮座していた4社を合祀し、社名を井村神社と改めた。明治18年、1885年4月には大野村の1社を、同年9月には藤河内神社を合祀した。昭和4年、1929年3月には拝殿が改築され、昭和28年、1953年10月8日に社名を三島神社へ復した。
本殿は流造で、拝殿は獅子舞の奉納に適した広い板張りの空間を備える。境内には木造と石造の2対の狛犬があり、大分県指定特別保護樹木の三島神社のクスノキも残る。
例祭は4月と12月に行われ、春の卯の市まつりでは立野地区の獅子舞が奉納される。
  • 郷社
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神社詳細

摂末社・境内社

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B3%B6%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E8%87%BC%E6%9D%B5%E5%B8%82)