有名度
前頭上位八幡朝見神社
はちまんあさみじんじゃ
大分県別府市朝見2丁目9−29
大分県別府市朝見2丁目9−29

Zantarou(wikipedia CC 表示-継承 4.0)
八幡朝見神社以外にも 朝見八幡宮 とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 恋愛
- 健康
- 仕事
- 勝負
八幡朝見神社には
「恋愛系」「健康系」「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
本社
大鷦鷯尊 おほさざきのみこと
本社
誉田別命 ほむだわけのみこと
本社
足仲彦命 たらしなかつひこのみこと
本社
気長足姫 おきながたらしひめのみこと
温泉神社
大歳神 おおとしのかみ
温泉神社
迦具土命 かぐつちのみこと
温泉神社
大穴牟遅命 おおなむちのみこと
温泉神社
小彦名命 すくなひこなのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡朝見神社は大分県別府市に鎮座する神社。御祭神は大鷦鷯尊、誉田別命、足仲彦命、気長足姫、大歳神、迦具土命、大穴牟遅命、小彦名命の8柱をまつる。
社格は旧県社、現在は別表神社。
八幡朝見神社の創建は建久7年(1196)である。豊前・豊後の守護職として入国した大友能直が、鎌倉幕府の鎮守である鶴岡八幡宮の勧請を志し、家臣の能登助国久が朝見庄の人々とともに鎌倉へ赴いた。同年10月1日に神輿を奉じて久光文字の浜へ到着し、大友能直は現在の乙原にあたる龍ヶ岡に社地を定め、10月9日に鎮座した。
鶴岡八幡宮の社家であった福田土佐守源高政は神輿に随行して豊後へ入り、大友能直によって神主に任じられた。その子孫は代々神職を継承し、貞応2年(1223)には福田姓を改めて神(こう)氏を称した。同年には大友親秀が朝見庄のうち1300石を神領として寄進し、その後も大友氏歴代の崇敬を受けた。
正平3年(1348)、鶴見山の噴火によって社地などが崩壊し、神社は乙原から現在の朝見へ遷座した。慶長3年(1598)には別府湾で震災が発生し、久光島の陥没などとともに本殿も被害を受け、什宝や旧記の多くが失われたと伝えられている。
寛文10年(1670)に社殿が再興され、元禄9年(1696)には御神殿と楽堂が新築され、同年4月晦日に還宮の祭事が行われた。文化11年(1814)には拝殿と回廊が造営された。慶応4年(1868)の神仏分離により、それまでの神仏習合から神仏が分離された。
明治6年(1873)に村社となり、別府・浜脇の総社となった。大正7年(1918)には郷社、昭和12年(1937)には県社へ昇格している。大正11年(1922)には地元の棟梁・荒金作八によって社殿の大改築が行われ、昭和2年(1927)には斎殿と能楽殿が新築された。
戦後には、旧別府公園に鎮座していた温泉神社が八幡朝見神社へ合祀された。温泉神社で行われていた豊年祭りは別府温泉まつりへ受け継がれ、現在も八幡朝見神社で温泉祭開会奉告祭や温泉神社神輿の御神幸祭が執り行われている。
平成8年(1996)には創建800年を迎え、八幡臺、三の宮の光の宮・匂の宮・秋の宮、朝見文庫が新設された。
表参道の石段を上った先には2本の夫婦杉が並び、境内には大きなクスノキも生育する。参道の敷石には盃の形をした「盃石」とひょうたん形の「瓢箪石」があり、これらを踏むと無病息災、縁起がよいと伝えられている。
境内を覆う社叢にはスギ、カシ、クス、バクチノキなどが生育し、昭和49年(1974)3月15日に大分県の特別保護樹林に指定された。
4月の別府温泉まつりでは、温泉祭開会奉告祭や温泉神社神輿の御神幸祭が行われる。温泉神社の神輿は大正8年(1919)に造られ、平成19年(2007)に修理修復が行われた。同年3月24日には八幡朝見神社で完成奉告祭が執り行われた。
社格は旧県社、現在は別表神社。
八幡朝見神社の創建は建久7年(1196)である。豊前・豊後の守護職として入国した大友能直が、鎌倉幕府の鎮守である鶴岡八幡宮の勧請を志し、家臣の能登助国久が朝見庄の人々とともに鎌倉へ赴いた。同年10月1日に神輿を奉じて久光文字の浜へ到着し、大友能直は現在の乙原にあたる龍ヶ岡に社地を定め、10月9日に鎮座した。
鶴岡八幡宮の社家であった福田土佐守源高政は神輿に随行して豊後へ入り、大友能直によって神主に任じられた。その子孫は代々神職を継承し、貞応2年(1223)には福田姓を改めて神(こう)氏を称した。同年には大友親秀が朝見庄のうち1300石を神領として寄進し、その後も大友氏歴代の崇敬を受けた。
正平3年(1348)、鶴見山の噴火によって社地などが崩壊し、神社は乙原から現在の朝見へ遷座した。慶長3年(1598)には別府湾で震災が発生し、久光島の陥没などとともに本殿も被害を受け、什宝や旧記の多くが失われたと伝えられている。
寛文10年(1670)に社殿が再興され、元禄9年(1696)には御神殿と楽堂が新築され、同年4月晦日に還宮の祭事が行われた。文化11年(1814)には拝殿と回廊が造営された。慶応4年(1868)の神仏分離により、それまでの神仏習合から神仏が分離された。
明治6年(1873)に村社となり、別府・浜脇の総社となった。大正7年(1918)には郷社、昭和12年(1937)には県社へ昇格している。大正11年(1922)には地元の棟梁・荒金作八によって社殿の大改築が行われ、昭和2年(1927)には斎殿と能楽殿が新築された。
戦後には、旧別府公園に鎮座していた温泉神社が八幡朝見神社へ合祀された。温泉神社で行われていた豊年祭りは別府温泉まつりへ受け継がれ、現在も八幡朝見神社で温泉祭開会奉告祭や温泉神社神輿の御神幸祭が執り行われている。
平成8年(1996)には創建800年を迎え、八幡臺、三の宮の光の宮・匂の宮・秋の宮、朝見文庫が新設された。
表参道の石段を上った先には2本の夫婦杉が並び、境内には大きなクスノキも生育する。参道の敷石には盃の形をした「盃石」とひょうたん形の「瓢箪石」があり、これらを踏むと無病息災、縁起がよいと伝えられている。
境内を覆う社叢にはスギ、カシ、クス、バクチノキなどが生育し、昭和49年(1974)3月15日に大分県の特別保護樹林に指定された。
4月の別府温泉まつりでは、温泉祭開会奉告祭や温泉神社神輿の御神幸祭が行われる。温泉神社の神輿は大正8年(1919)に造られ、平成19年(2007)に修理修復が行われた。同年3月24日には八幡朝見神社で完成奉告祭が執り行われた。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
摂社 厳島神社
祭神不明境内社 天満社
祭神不明境内社 多賀社
祭神不明境内社 稲荷社
祭神不明境内社 祖霊社
祭神不明例祭
歳旦祭 1月1日
成人祭 1月15日
節分祭 2月1日
八幡朝見神社温泉祭・温泉祭開会奉告祭 温泉神社みこし ご神幸 4月上旬
夏越大祭 茅の輪神事 7月1日
例大祭 10月19日
七五三祭 11月15日
成人祭 1月15日
節分祭 2月1日
八幡朝見神社温泉祭・温泉祭開会奉告祭 温泉神社みこし ご神幸 4月上旬
夏越大祭 茅の輪神事 7月1日
例大祭 10月19日
七五三祭 11月15日
文化財
朝見神社のクスノキとアラカシ林
大分県 天然記念物
文化財種別不明 昭和54年5月15日指定
文化財種別不明 昭和54年5月15日指定
建築
本殿 流造
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.asami.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E6%9C%9D%E8%A6%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大分県
https://oita-digitalzukan.jp/
http://www.asami.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E6%9C%9D%E8%A6%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大分県
https://oita-digitalzukan.jp/
