有名度
前頭上位田島神社
たじまじんじゃ
佐賀県唐津市呼子町加部島3956
佐賀県唐津市呼子町加部島3956

sirousaghi(wikipedia CC 表示-継承 4.0)
かんたんご利益
- 恋愛
- 仕事
- 安全
田島神社には
「恋愛系」「仕事系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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ご利益
公
海陸交通安全 豊作大漁 商売繁盛
御祭神
主祭神
多紀理毘賣尊 たぎりひめのみこと
主祭神
市杵島比賣尊 いちきしまひめのみこと
主祭神
多岐津比賣尊 たきつひめのみこと
相殿
大山祇命 おおやまつみのみこと
相殿
稚武王命 わかたけおうのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「宗像・厳島系」 「不明(1柱)」
です。他に 「三島・大山祇系」
「不明(0柱)」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
田島神社は佐賀県唐津市に鎮座する神社。御祭神は多紀理毘賣尊、市杵島比賣尊、多岐津比賣尊、大山祇命、稚武王命の5柱をまつる。
社格は名神大社であり、旧国幣中社、現在は別表神社。
創建年代は明らかではない。田島神社に伝わる由緒では、奈良時代の天平10年(738)、朝廷の命を受けた大伴古麻呂が田島大明神の神号を贈ったとされる。大同元年(806)の牒では神封16戸が充てられ、正四位上に列せられた。
平安時代には朝廷から神階を授けられ、元暦2年(1185)3月には正一位に累進したと伝わる。延長5年(927)に完成した『延喜式』神名帳には、肥前国松浦郡の「田嶋坐神社」として記載され、名神大社に列している。
加部島は古くから大陸へ渡る航路に関わる土地で、延久3年(1071)には僧・成尋が肥前国松浦郡の加部島から海を渡った記録が残る。田島神社には、平安時代の小野篁が神託を受け、遣唐副使としての渡航を中断したとの伝承も伝えられている。
中世には松浦地方の武士から崇敬を受けた。松浦党が海上で活動した時代には田島信仰が周辺地域へ広まり、現在の伊万里市などにも田島神社が勧請された。波多氏も田島神社を崇敬し、その旧領には田島三神を祀る神社が残っている。
文禄・慶長の役で豊臣秀吉が名護屋城に在陣した時期には、姫島の内100石を与える朱印状が寄進されたと伝わる。江戸時代には歴代唐津城主の祈願所となった。天保3年(1832)には中尾甚六鯨組が石燈籠を奉納している。
明治4年(1871)には国幣中社に列せられた。明治15年(1882)には小川島捕鯨組が明神鳥居を寄進しており、境内には玄界灘で捕鯨を行った人々による奉納物が残されている。田島神社には備中国吉次銘の太刀が伝来し、国の重要文化財に指定されている。このほか、豊臣秀吉の寄進状や正安2年(1300)の銘を持つ舞楽面2面などが社宝として伝わる。神社周辺を含む「加部島暖地性植物群落」は国の天然記念物に指定されている。
境内には松浦佐用姫の伝承に関わる佐与姫神社が鎮座する。大伴狭手彦との別れを悲しんだ佐用姫が石になったと伝える望夫石が祀られ、万葉歌碑も建てられている。このほか、元寇の碇石や、豊臣秀吉が名護屋在陣中に使用したと伝わる太閤石も残されている。
例祭は9月16日に行われる。このほか、夏越祭、節分の豆撒き、百手神事などが行われている。
社格は名神大社であり、旧国幣中社、現在は別表神社。
創建年代は明らかではない。田島神社に伝わる由緒では、奈良時代の天平10年(738)、朝廷の命を受けた大伴古麻呂が田島大明神の神号を贈ったとされる。大同元年(806)の牒では神封16戸が充てられ、正四位上に列せられた。
平安時代には朝廷から神階を授けられ、元暦2年(1185)3月には正一位に累進したと伝わる。延長5年(927)に完成した『延喜式』神名帳には、肥前国松浦郡の「田嶋坐神社」として記載され、名神大社に列している。
加部島は古くから大陸へ渡る航路に関わる土地で、延久3年(1071)には僧・成尋が肥前国松浦郡の加部島から海を渡った記録が残る。田島神社には、平安時代の小野篁が神託を受け、遣唐副使としての渡航を中断したとの伝承も伝えられている。
中世には松浦地方の武士から崇敬を受けた。松浦党が海上で活動した時代には田島信仰が周辺地域へ広まり、現在の伊万里市などにも田島神社が勧請された。波多氏も田島神社を崇敬し、その旧領には田島三神を祀る神社が残っている。
文禄・慶長の役で豊臣秀吉が名護屋城に在陣した時期には、姫島の内100石を与える朱印状が寄進されたと伝わる。江戸時代には歴代唐津城主の祈願所となった。天保3年(1832)には中尾甚六鯨組が石燈籠を奉納している。
明治4年(1871)には国幣中社に列せられた。明治15年(1882)には小川島捕鯨組が明神鳥居を寄進しており、境内には玄界灘で捕鯨を行った人々による奉納物が残されている。田島神社には備中国吉次銘の太刀が伝来し、国の重要文化財に指定されている。このほか、豊臣秀吉の寄進状や正安2年(1300)の銘を持つ舞楽面2面などが社宝として伝わる。神社周辺を含む「加部島暖地性植物群落」は国の天然記念物に指定されている。
境内には松浦佐用姫の伝承に関わる佐与姫神社が鎮座する。大伴狭手彦との別れを悲しんだ佐用姫が石になったと伝える望夫石が祀られ、万葉歌碑も建てられている。このほか、元寇の碇石や、豊臣秀吉が名護屋在陣中に使用したと伝わる太閤石も残されている。
例祭は9月16日に行われる。このほか、夏越祭、節分の豆撒き、百手神事などが行われている。
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神社詳細
摂末社・境内社
例祭
情報募集
文化財
太刀 銘 備中国住人吉次
国 重要文化財
工芸品 大正9年4月15日指定
工芸品 大正9年4月15日指定
加部島暖地性植物群落
佐賀県 天然記念物
文化財種別不明 昭和49年2月25日指定
文化財種別不明 昭和49年2月25日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E5%B3%B6%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
佐賀県
https://www.pref.saga.lg.jp/list02364.html
佐賀県神社庁
https://saga-jinjacho.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E5%B3%B6%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
佐賀県
https://www.pref.saga.lg.jp/list02364.html
佐賀県神社庁
https://saga-jinjacho.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
