松浦佐用姫
まつらさよひめ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし
祭神ランキング1527位
- その他
古墳
松浦佐用姫とは?
松浦佐用姫(?-?)は、肥前国松浦郡にいた長者の娘。単に佐用姫とも呼ばれる。537年、28代宣化天皇の勅で新羅出兵の準備のために、松浦に兵を率いて滞在していた大伴狭手彦と村の長者の娘・佐用姫は恋に落ち、夫婦の契りを結ぶ。時が流れついに新羅へと出兵する狭手彦を、佐用姫は鏡山の頂から領巾を振りながら見送っていたが、こらえきれなくなり船を追って呼子の港の沖約500mの地点に浮かぶ加部島へ渡り、そこで船が見えなくなってしまったために七日七晩泣きはらした末、悲しみに暮れて石となってしまったという。このことから鏡山は別名「領巾振山」と呼ばれるようになる。万葉集にも「遠つ人松浦佐用比賣夫恋いに領巾振りしより負へる山の名」、「海原の沖行く船を帰れとか領巾振らしけむ松浦佐用姫」と詠まれるなど、古くから日本三大伝説、 三大悲恋物語の伝説として有名である。現在でも松浦川河口に、佐用姫が飛び降りた際についた足跡がある「佐用姫岩」が存在している。また、佐用姫は弁財天のモデルになったとも伝えられており、佐用姫岩の前には弁財天の祠がある。 佐賀県唐津市呼子町加部島にある田島神社の境内社・佐與姫神社には、佐用姫であったという石が祀られており、恋人たちのパワースポットとして人気を集めている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
佐用姫さよひめ
その他
