伊萬里神社 - 神社ファン

有名度

前頭

伊萬里神社

いまりじんじゃ

佐賀県伊万里市立花町83

佐賀県伊万里市立花町83

拝殿

Atsasebo(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 健康
  • 安全
  • 厄除
  • 勝負
伊萬里神社には

「恋愛系」「健康系」「安全系」「厄除・開運系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

身の安全 地域の安全 開運 縁結び 勝負

御祭神

橘諸兄命 たちばなのもろえのみこと
伊邪那岐 いざなぎ
伊耶那美 いざなみ
天忍骨命 あめのおしほねのみこと
底筒男命 そこつつのおのみこと
中筒男命 なかつつのおのみこと
表筒男命 うわつつのおのみこと
海津見神 わたつみのかみ
彦太忍信命 ひこふつおしのまことのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(4柱)」 「住吉系」 「ワタツミ系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

伊萬里神社は佐賀県伊万里市に鎮座する神社。御祭神は橘諸兄命、伊邪那岐、伊耶那美、天忍骨命、底筒男命、中筒男命、表筒男命、海津見神、彦太忍信命の9柱をまつる。
社格は旧県社。
伊萬里神社の前身である香橘神社は、垂仁天皇の時代の伝承を伝えている。垂仁天皇の命を受けた田道間守は常世の国から橘を持ち帰り、その帰途に伊万里港へ立ち寄った際、岩栗山に橘を植えたとされる。その後、橘嶋田麻呂がこの地を訪れ、橘諸兄の霊を祀って香橘宮を創建したと伝えられている。
香橘宮はのちに香橘神社と称され、天正年間の兵火によって焼失したが、その後再建された。現在の本殿は承応3年(1654)に建立されたものである。
また、岩栗神社は天平12年(740)の藤原広嗣の乱の際、紀飯麻呂が族祖の彦太忍信命を栗の大木に祀ったことに始まると伝えられる。戸渡嶋神社は神功皇后の時代の創建と伝えられ、もとは戸渡島に鎮座していたが、江戸時代に現在の瀬戸町付近へ遷座した。
昭和37年(1962)、香橘神社に戸渡嶋神社と岩栗神社が合祀され、社号を伊萬里神社へ改めた。以来、三社の歴史と祭祀を受け継ぐ神社として現在に至っている。
境内には田道間守を祀る中嶋神社が鎮座する。田道間守は非時香菓を日本へもたらした人物として伝えられ、お菓子の神として崇敬されている。境内には橘の木が植えられ、伊万里市出身で森永製菓創業者の 森永太一郎 の像も建立されている。
例祭は毎年7月19日に斎行される。また、10月第3金曜日から日曜日にかけて行われるトンテントン祭は伊萬里神社を代表する祭礼として知られ、喧嘩祭の名でも親しまれている。
  • 県社
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
https://imari-jinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%90%AC%E9%87%8C%E7%A5%9E%E7%A4%BE