橘諸兄
たちばなのもろえ
- 歴史的人物
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング385位
- 皇族
奈良 [684年~757年]
橘諸兄とは?
橘諸兄(684-757)は奈良時代中期の人物。第30代天皇・敏達天皇の5世孫とされるが、4世あるいは6世孫という説も。父は美努王、母は県犬養三千代。由緒ある皇族の人間として育ち、はじめは「葛城王」と称していたが、736年に母親の氏姓である橘宿禰を継ぐことを願い出て以降は「橘諸兄」を名乗り出す。これが日本の四大貴種名族・源平藤橘の一つ「橘氏」の始まりであり、諸兄が橘氏の祖とされている。改名の翌年にあたる737年には平城京内で天然痘が大流行し、右大臣・藤原武智麻呂を始めとして朝廷の実権を握っていた藤原氏の人間が次々に死去し、官職の人間を一気に失った朝廷は諸兄を抜擢して応急的に体制を整えた。さらに後年、諸兄は右大臣を経て左大臣まで進み、太政官の中心的存在として18年間も政権を握り続けた。しかし晩年、遷都や大仏建立といった聖武天皇の命を財政的な事情から次々に失敗し、諸兄は新興勢力に押される形で権力を失っていく。当時、諸兄が建立しようとしたのが後の東大寺盧舎那仏像、俗に言う「奈良の大仏」である。 また京都府には諸兄が創祀した玉津岡神社が現存しており、その境内には諸兄を祀る橘神社がある。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
井手左大臣いでさだいじん
その他
西院大臣さいいんだいじん
その他
祀られている主な神社
伊萬里神社
(佐賀県伊万里市立花町83)
金屋神社
(長崎県波佐見町金尾郷2493番)
五社宮
(新潟県加茂市大字長谷424番地)
太田神社
(和歌山県那智勝浦町大字市屋875番地)
橘神社
(広島県福山市柳津町1449番地 )
