宇佐八幡神社 名西郡神山町 - 神社ファン

有名度

前頭

宇佐八幡神社

うさはちまんじんじゃ

徳島県名西郡神山町下分字西寺79

徳島県名西郡神山町下分字西寺79

鳥居と社殿

Sorrysorry(wikipedia CC0)

宇佐八幡神社以外にも 辰の宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
宇佐八幡神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

外五十余社の神霊

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
他に 「出雲・オオナムチ系」 「えびす系」 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

宇佐八幡神社は徳島県名西郡神山町に鎮座する神社。御祭神は応神天皇、神功皇后、仲哀天皇、仁徳天皇、大国主命、事代主命、外五十余社の神霊をまつる。
社格は旧郷社。
宇佐八幡神社は、別名を「辰の宮」といい、神山町下分公民館の北側、宮前橋を渡った先に鎮座している。農工殖産の開運の守り神として、古くから県下で広く崇敬を集めてきた神社である。
創建は承久2年(1220年)と伝わる。その後、戦国時代には社勢が衰え、荒廃したとされる。永正4年(1507年)、麻植郡川島の上桜城主であった篠原左京大夫が、豊前国の宇佐八幡宮を勧請し、社を再興したと伝えられている。
明治3年(1870年)には、大伊和大明神を大岩神社、八幡宮を宇佐八幡神社へ改称した。さらに明治5年(1872年)には郷社となった。下分西寺の地には、八幡信仰を伝える宇佐八幡神社の社名とともに、「辰の宮」という呼称も現在まで残されている。
大正時代初期には神社合併が行われ、下分上山地区にあった50社が下分西寺の宇佐八幡神社へ合祀された。祭日はもとは10月10日であったが、平成12年(2000年)からは10月15日に変更され、当日は祭典の後に神幸祭が行われている。
境内には大きな樟が立ち並ぶ。大鳥居をくぐった先の拝殿前庭中央にある樟は、樹周約6m、樹齢約600年とされる。また、拝殿前に立つ樟は樹周約7m、樹齢約600年と伝えられている。いずれも高さ30m以上に成長しており、大鳥居の高さ17.5mを超える巨樹として境内にそびえている。
  • 郷社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E4%BD%90%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%A5%9E%E5%B1%B1%E7%94%BA)
徳島県神社庁
http://awa-jinjacho.jp/