浅江神社 - 神社ファン

有名度

前頭

浅江神社

あさえじんじゃ

山口県光市浅江1丁目8番1号

山口県光市浅江1丁目8番1号

かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 厄除
  • 家庭
  • 勝負
浅江神社には

「仕事系」「子供系」「厄除・開運系」「家庭系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

祈雨・止雨 農業守護 厄除け 安産・子育て 諸産業繁栄 家系繁栄 国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

賀茂系」 「日吉・山王系」 「八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

浅江神社は山口県光市に鎮座する神社。御祭神は別雷命、玉依姫命、神日本磐余彦尊、大山咋命、応神天皇、神功皇后、三女神の7柱をまつる。
社格は旧郷社。
社伝によれば、浅江地区には山王八幡宮、賀茂大明神、山王原の社が鎮座していた。山王八幡宮は大宝3年(703年)に豊前国の宇佐八幡宮から勧請されたと伝わり、賀茂大明神は山城国の賀茂社から勧請されたと伝承されている。
賀茂神社については、大内長門守が山城国賀茂社の神霊を分け、浅江村瀬戸風神に奉斎したと伝わる。その後、賀茂神社は新屋河内へ遷座し、さらに現在の浅江神社鎮座地である浅江宮崎へ移された。延徳2年(1490年)の「賀茂大明神宮頭番文書」には「新屋河内賀茂大明神」の記載が残されている。
光市指定有形文化財である「新屋河内賀茂神社頭番文書」は、賀茂神社祭礼の頭番割や祭礼費用の負担について記した史料である。文書は延徳2年(1490年)に作成され、23年間にわたる記録を含む。浅江村と三井村の境界付近において、氏子圏を御領と浅江領に分け、それぞれが祭礼費用を負担していたことが記されている。
明治4年(1871年)、賀茂大明神と山王八幡宮に山王原の社を合わせ、浅江神社の社名となった。山口県神社庁では、明治5年(1872年)に三社を統合して浅江神社としたと記されている。明治11年(1878年)には社殿が改築された。
平成3年(1991年)、浅江神社は台風によって大きな被害を受けた。その後、社殿の改築が行われ、北側の鎮守の杜はしゃくなげ苑として整備された。現在も境内では春になるとしゃくなげの花が見られる。
祭典は、例祭が毎年10月第2日曜日、祈年祭が毎年5月第1日曜日、新嘗祭が毎年11月第1日曜日に行われる。
  • 郷社
スポンサーリンク

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://ashrine.webnode.jp/
山口県神社庁
http://www.yamaguchi-jinjacho.or.jp/