有名度
前頭上位伊賀八幡宮
いがはちまんぐう
愛知県岡崎市伊賀町字東郷中86
愛知県岡崎市伊賀町字東郷中86

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かんたんご利益
- 仕事
- 家庭
伊賀八幡宮には
「仕事系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
家運隆盛 事業発展 出世開運
御祭神
応神天皇 おうじんてんのう
仲哀天皇 ちゅうあいてんのう
神功皇后 じんぐうこうごう
東照大権現 とうしょうだいごんげん
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
伊賀八幡宮は愛知県岡崎市に鎮座する神社。御祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、東照大権現の4柱をまつる。
社格は旧県社。
文明2年(1470)、松平氏4代当主の松平親忠が一族の氏神として伊賀八幡宮を創建し、伊賀国から八幡神を勧請した。
天文元年(1532)、松平清康が社殿を造営して弓矢を奉納した。天文4年(1535)には松平広忠が井田野の合戦に際して祈願し、社殿を造営して弓矢を奉納した。
永禄元年(1558)、松平元康、のちの徳川家康は初陣にあたって必勝を祈願した。永禄9年(1566)、三河を統一した家康は自筆の戸帳を奉納し、社殿を造営して200石を寄進した。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いに際しても必勝祈願の神楽を奉納した。
慶長7年(1602)には社領が加増され、御宸筆が奉納された。慶長16年(1611)、家康は大工孫左衛門に命じて本殿を造営した。元和元年(1615)の大坂夏の陣の後には社領が加増され、本殿屋根の葺き替えや宝物の寄進が行われた。
寛永13年(1636)、3代将軍徳川家光は岡崎城主本多伊勢守忠利を奉行とし、幕府御大工の鈴木近江守長次によって境内を整備した。家康が造営した本殿に幣殿と拝殿を連結し、随身門、神橋、御供所などを造営した。このとき家光の命により徳川家康を東照大権現として合祀し、幕府から540石の朱印領を受けた。
寛文2年(1662)、4代将軍徳川家綱が金1000両を献じて修復し、元禄11年(1698)には5代将軍徳川綱吉が修復した。宝暦4年(1754)には徳川家重が銀子50枚、安永7年(1778)には徳川家治が金700両を献じて修復した。慶応元年(1865)には14代将軍徳川家茂が上洛の途中に参拝した。
現在の社殿は、本殿・幣殿・拝殿を連結した権現造である。本殿は慶長16年(1611)の造営で、三間社流造、檜皮葺とし、屋根には千木と鰹木を載せる。幣殿・拝殿などは寛永13年(1636)に造営され、建物には彩色や金箔押しの飾り金具が施されている。
昭和8年(1933)1月23日、本殿、幣殿、拝殿、透塀、御供所、随身門、神橋、鳥居の8棟と附指定の宮殿・棟札が国の重要文化財に指定された。随身門の木造随身像、末社の上総社社殿と牟久津社社殿は岡崎市指定文化財である。
神橋は寛永13年(1636)造営の石造太鼓橋である。祭事には大寒の日の武者的神事、4月17日の東照宮祭、6月晦日の茅の輪神事、10月第1土曜・日曜の例大祭などがある。武者的神事では檜の的板へ矢を放ち、その割れ方によって1年の豊凶を占う。
社格は旧県社。
文明2年(1470)、松平氏4代当主の松平親忠が一族の氏神として伊賀八幡宮を創建し、伊賀国から八幡神を勧請した。
天文元年(1532)、松平清康が社殿を造営して弓矢を奉納した。天文4年(1535)には松平広忠が井田野の合戦に際して祈願し、社殿を造営して弓矢を奉納した。
永禄元年(1558)、松平元康、のちの徳川家康は初陣にあたって必勝を祈願した。永禄9年(1566)、三河を統一した家康は自筆の戸帳を奉納し、社殿を造営して200石を寄進した。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いに際しても必勝祈願の神楽を奉納した。
慶長7年(1602)には社領が加増され、御宸筆が奉納された。慶長16年(1611)、家康は大工孫左衛門に命じて本殿を造営した。元和元年(1615)の大坂夏の陣の後には社領が加増され、本殿屋根の葺き替えや宝物の寄進が行われた。
寛永13年(1636)、3代将軍徳川家光は岡崎城主本多伊勢守忠利を奉行とし、幕府御大工の鈴木近江守長次によって境内を整備した。家康が造営した本殿に幣殿と拝殿を連結し、随身門、神橋、御供所などを造営した。このとき家光の命により徳川家康を東照大権現として合祀し、幕府から540石の朱印領を受けた。
寛文2年(1662)、4代将軍徳川家綱が金1000両を献じて修復し、元禄11年(1698)には5代将軍徳川綱吉が修復した。宝暦4年(1754)には徳川家重が銀子50枚、安永7年(1778)には徳川家治が金700両を献じて修復した。慶応元年(1865)には14代将軍徳川家茂が上洛の途中に参拝した。
現在の社殿は、本殿・幣殿・拝殿を連結した権現造である。本殿は慶長16年(1611)の造営で、三間社流造、檜皮葺とし、屋根には千木と鰹木を載せる。幣殿・拝殿などは寛永13年(1636)に造営され、建物には彩色や金箔押しの飾り金具が施されている。
昭和8年(1933)1月23日、本殿、幣殿、拝殿、透塀、御供所、随身門、神橋、鳥居の8棟と附指定の宮殿・棟札が国の重要文化財に指定された。随身門の木造随身像、末社の上総社社殿と牟久津社社殿は岡崎市指定文化財である。
神橋は寛永13年(1636)造営の石造太鼓橋である。祭事には大寒の日の武者的神事、4月17日の東照宮祭、6月晦日の茅の輪神事、10月第1土曜・日曜の例大祭などがある。武者的神事では檜の的板へ矢を放ち、その割れ方によって1年の豊凶を占う。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
例祭
歳旦祭 1月1日
武者的神事 1月大寒の日
節分厄除祭 2月3日
建国祭 2月11日
祈年祭 2月17日
稲荷社祭 3月24日
東照宮前夜祭 4月16日
東照宮本祭 4月17日
子供祭 5月5日
夏越しの大祓・輪くぐり神事 6月30日
例大祭前夜祭 10月第一土曜日
例大祭本祭 10月第一日曜日
例大祭終了奉告祭 10月例大祭翌日
新嘗祭 11月23日
秋葉社祭 12月15日
上総社・末社祭 12月27日
年越の大祓 12月31日
月次祭 毎月1日・15日
武者的神事 1月大寒の日
節分厄除祭 2月3日
建国祭 2月11日
祈年祭 2月17日
稲荷社祭 3月24日
東照宮前夜祭 4月16日
東照宮本祭 4月17日
子供祭 5月5日
夏越しの大祓・輪くぐり神事 6月30日
例大祭前夜祭 10月第一土曜日
例大祭本祭 10月第一日曜日
例大祭終了奉告祭 10月例大祭翌日
新嘗祭 11月23日
秋葉社祭 12月15日
上総社・末社祭 12月27日
年越の大祓 12月31日
月次祭 毎月1日・15日
文化財
伊賀八幡宮本殿、幣殿、拝殿、透塀、御供所、随身門、神橋、鳥居(附 宮殿、棟札)
国 重要文化財
建造物 昭和8年1月23日指定
建造物 昭和8年1月23日指定
伊賀八幡宮末社上総社社殿・牟久津社社殿
岡崎市 指定文化財
建造物 平成23年3月23日指定
建造物 平成23年3月23日指定
木造随身像(附 像内納入銘札1枚)
岡崎市 指定文化財
彫刻 平成23年3月23日指定
彫刻 平成23年3月23日指定
建築
本殿 権現造
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.igahachimanguu.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%B3%80%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
岡崎市
https://www.city.okazaki.lg.jp/1300/1304/1332/p011771.htmlml
http://www.igahachimanguu.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%B3%80%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
岡崎市
https://www.city.okazaki.lg.jp/1300/1304/1332/p011771.htmlml
