有名度
前頭江守神社
えかみじんじゃ
福井県福井市江守中町27-38
福井県福井市江守中町27-38

かんたんご利益
- 健康
- 安全
江守神社には
「健康系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国土安泰 延命長寿 無病息災 海上安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「熊野系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
江守神社は福井県福井市に鎮座する神社。御祭神は速玉男神、事解男神、伊弉諾尊、火之迦具土、木花開耶姫命、大山咋命、応神天皇の7柱をまつる。
社格は旧村社。
旧来、この神社は花堂村・西谷村・舞屋村・渕村・種池村・下江守村・江守中村の七ヶ村によって奉祀される郷社とされていた。旧社名は熊野神社であり、明治9年6月8日、敦賀県において村社に列せられている。その後、明治41年2月3日、福井県の許可を得て、同村種池に鎮座していた村社冨士神社および日吉神社、さらにその境内社である八幡神社を合祀した。さらに大正9年6月30日には、同村の無各社であった愛宕社の祭神・火之迦具土神を合祀している。この火之迦具土神は、養老4年(1720年)4月15日に勧請されたとされるが、それ以外の詳細は不詳である。しかし昭和25年、種池との協議の結果、冨士神社・日吉神社・八幡神社は種池へ遷座することとなった。社殿の整備は近代に入ってからも続き、昭和46年10月には本殿を改築し、昭和50年9月17日には豪風雨と雷により鳥居が倒壊したため、これを再建した。続いて昭和51年4月には拝殿を新築し、平成元年3月には奉斎殿を創建している。
この奉斎殿は、かつて境内地西側に中世末期頃まで存在したとされる寺院・来迎寺に由来するものであり、来迎寺は朝倉義景の家臣であった江守惣兵衛と深く関わっていたと伝えられている。この由緒に基づき、文化財として価値ある資料や遺物を収納する施設として整備された。なお、熊野神社が江守神社へと改名された時期は明確ではないが、種池の各神社を合祀した明治41年頃であった可能性が高いと考えられている。
社格は旧村社。
旧来、この神社は花堂村・西谷村・舞屋村・渕村・種池村・下江守村・江守中村の七ヶ村によって奉祀される郷社とされていた。旧社名は熊野神社であり、明治9年6月8日、敦賀県において村社に列せられている。その後、明治41年2月3日、福井県の許可を得て、同村種池に鎮座していた村社冨士神社および日吉神社、さらにその境内社である八幡神社を合祀した。さらに大正9年6月30日には、同村の無各社であった愛宕社の祭神・火之迦具土神を合祀している。この火之迦具土神は、養老4年(1720年)4月15日に勧請されたとされるが、それ以外の詳細は不詳である。しかし昭和25年、種池との協議の結果、冨士神社・日吉神社・八幡神社は種池へ遷座することとなった。社殿の整備は近代に入ってからも続き、昭和46年10月には本殿を改築し、昭和50年9月17日には豪風雨と雷により鳥居が倒壊したため、これを再建した。続いて昭和51年4月には拝殿を新築し、平成元年3月には奉斎殿を創建している。
この奉斎殿は、かつて境内地西側に中世末期頃まで存在したとされる寺院・来迎寺に由来するものであり、来迎寺は朝倉義景の家臣であった江守惣兵衛と深く関わっていたと伝えられている。この由緒に基づき、文化財として価値ある資料や遺物を収納する施設として整備された。なお、熊野神社が江守神社へと改名された時期は明確ではないが、種池の各神社を合祀した明治41年頃であった可能性が高いと考えられている。
スポンサーリンク
神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.asuwajinja.jp/kenmu-yasirominami.htm
福井県神社庁
https://www.jinja-fukui.jp/
http://www.asuwajinja.jp/kenmu-yasirominami.htm
福井県神社庁
https://www.jinja-fukui.jp/
