能登生国玉比古神社 七尾市 - 神社ファン

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能登生国玉比古神社

のといくくにたまひこじんじゃ

石川県七尾市所口町ハ48

石川県七尾市所口町ハ48

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 子供
能登生国玉比古神社には

「恋愛系」「仕事系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 豊漁 縁結び 子宝

御祭神

配祀

合祀

合祀

合祀

合祀

神社系統

この神社の主な系統は

気多系

です。
他に 「えびす系」 「住吉系」 「諏訪系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

能登生国玉比古神社は石川県七尾市に鎮座する神社。御祭神は大己貴神、素戔嗚尊、奇稻田姫命、事代主神、底筒男神、中筒男神、上筒男神、建御名方命の8柱をまつる。
社格は旧県社。
能登生国玉比古神社の起源は古く、上古の時代にさかのぼると伝えられており、第8代孝元天皇の治世に大己貴命を祀ったのが創祀とされる。後に第10代崇神天皇の御代に当社の祭神が分霊され、羽咋郡竹津浦に勧請されたのが現在の気多大社であり、この能登生国玉比古神社は「本宮(元宮)」としての地位を持つ由緒ある社であった。ところが、戦国時代、七尾城築城などの過程で旧鎮座地が兵災に遭ったため、天正年間(1573~1592年)に当時の領主であった前田利家により現在地へ遷座された。明治になって近代社格制度が採られると、明治5年3月23日付で県社に列した。
祭事としては、かつて上古からの巡行祭である「平国祭(くにむけのまつり)」、通称「おいで祭」が行われ、現在も毎年3月18日から3月23日の間に、羽咋の気多大社から当社まで50余名による神幸が巡行されると伝えられている。
  • 県社
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神社詳細

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出典
石川県神社庁
https://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/