有名度
関脇大山阿夫利神社
おおやまあふりじんじゃ
神奈川県伊勢原市大山355
神奈川県伊勢原市大山355



古くから「雨降山(あふりやま)」と呼ばれ、水の神・大山祇大神を祀る大山阿夫利神社は、清らかな大山名水が湧き出る神聖な地です。社殿からは相模湾や江の島、富士山までを一望できる圧巻の絶景が広がり、登山やケーブルカーでの参拝も人気です。自然と信仰が調和した、美しさと清らかさに包まれる神社です。
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大山阿夫利神社の特徴を視覚的にわかりやすく表現しています。詳しくは見どころをご確認ください。
かんたんご利益
- 仕事
- 安全
大山阿夫利神社には
「仕事系(有名)」「安全系(有名)」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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ご利益
公
山の神 水の神 産業・海運の神 酒蔵の祖神 絆を取り持つ 祈雨 止雨 火災・盗難除け
御祭神
本社
大山祗大神 おおやまつみのおおかみ
前社
高龗神 たかおかみのかみ
奥社
大雷神 おおいかずちのかみ
神社系統
主な系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
大山阿夫利神社は神奈川県伊勢原市にある神社。本社に主祭神の大山祗大神、摂社の奥社に大雷神、前社に高龗神をまつる。
社格は式内社(小社)で、旧県社。現在は別表神社。
江戸時代に関東で流行した「大山詣り」で知られる神社で、神仏習合の時代には石尊大権現と呼ばれ、石尊信仰の中心として栄えた。大山そのものを神聖な山とする山岳信仰を背景に、雨乞いや五穀豊穣、武運長久などさまざまな信仰を集めてきた。
創建は第10代崇神天皇の時代、2200年以上前と伝えられている。大山山頂からは祭祀に用いられたとみられる縄文土器が出土しており、神社の創建伝承をはるかにさかのぼる時代から、この山を神聖な場所とする信仰が存在していた。
古くは大山山頂の霊石を神体とし、山そのものを崇める山岳信仰が行われた。奈良時代には良弁僧正が入山して大山寺を開いたと伝えられ、山岳信仰と仏教が結びついた神仏習合の霊山として発展していった。神仏習合の時代には石尊大権現が祀られ、大山は関東を代表する石尊信仰の霊場となった。
平安時代に編纂された『延喜式神名帳』には、相模国大住郡の「阿夫利神社」として記載されている。「阿夫利」の名は、大山が「あめふり(雨降り)山」と呼ばれたことに由来するともいわれる。山上には雲や霧が生じやすく、古くから雨をもたらす山として信仰され、雨乞いや五穀豊穣を願う人々の崇敬を集めた。
武家の時代になると、開運や武運長久を願う信仰も盛んとなり、源氏、足利氏、北条氏、徳川氏などから崇敬された。源頼朝が平家討伐の挙兵に際して太刀を奉納したとの伝承もあり、これを起源として大きな木太刀を奉納する「納太刀」の風習が生まれたとされる。この習俗は後に庶民の大山詣りにも受け継がれていった。
江戸時代に入ると大山信仰は庶民の間にも広がり、関東各地に「大山講」と呼ばれる参詣組織がつくられた。参詣者は講の仲間とともに大山へ向かい、山内の滝で身を清め、御師の祓いを受けて山へ登った。御師は参詣者の宿泊や山内の案内、神社への取り次ぎなどを担い、山麓には多くの宿坊が立ち並んだ。
大山へ通じる各地の道は「大山街道」と呼ばれ、江戸をはじめ関東各地から多くの人々が大山を目指した。巨大な木太刀を担いで登拝する姿は大山詣りを象徴するものとなり、その様子は浮世絵をはじめ歌舞伎や落語にも描かれた。こうした江戸時代の庶民信仰を中心とする伊勢原市の物語「江戸庶民の信仰と行楽の地~巨大な木太刀を担いで『大山詣り』~」は、平成28年(2016)に日本遺産に認定された。
安政年間には大火によって山内の堂社の多くを焼失した。さらに明治初頭の神仏分離によって石尊大権現と大山寺の称が廃され、古くからの「阿夫利神社」へ復称した。大山寺が一時廃されると、その不動堂跡に下社が建立され、山頂には本社が整えられた。
明治6年(1873)には国学者・権田直助が初代祠官となり、山内の制度を整備した。それまで参詣者の宿泊や案内を担ってきた御師は「先導師」と改称され、その伝統は近代以降にも受け継がれた。昭和12年(1937)には大山ケーブルカーが開通し、昭和52年(1977)には現在の下社拝殿が竣工した。
大山阿夫利神社は、大山の山頂に本社、中腹に下社が鎮座する。下社拝殿の地下には、大山の岩盤から湧き出す御神水「神泉」があり、地下巡拝道には大山詣りで奉納された木太刀など、大山信仰にまつわる品々が納められている。
毎年8月27日から29日には秋季例大祭が行われる。27日には神輿が下社から男坂を下って山麓の社務局へ向かう「お下り」、29日には神輿が下社へ還る「お上り」が行われ、大山を舞台とする信仰を現在に伝えている。
28日には神奈川県指定無形民俗文化財の倭舞・巫子舞が奉納される。また、江戸時代から続く大山能狂言も受け継がれており、毎年10月には社務局の能楽殿で火祭薪能が奉納される。古代からの山岳信仰、神仏習合の石尊信仰、江戸庶民の大山詣りが重なりながら、現在の大山阿夫利神社へと受け継がれている。
社格は式内社(小社)で、旧県社。現在は別表神社。
江戸時代に関東で流行した「大山詣り」で知られる神社で、神仏習合の時代には石尊大権現と呼ばれ、石尊信仰の中心として栄えた。大山そのものを神聖な山とする山岳信仰を背景に、雨乞いや五穀豊穣、武運長久などさまざまな信仰を集めてきた。
創建は第10代崇神天皇の時代、2200年以上前と伝えられている。大山山頂からは祭祀に用いられたとみられる縄文土器が出土しており、神社の創建伝承をはるかにさかのぼる時代から、この山を神聖な場所とする信仰が存在していた。
古くは大山山頂の霊石を神体とし、山そのものを崇める山岳信仰が行われた。奈良時代には良弁僧正が入山して大山寺を開いたと伝えられ、山岳信仰と仏教が結びついた神仏習合の霊山として発展していった。神仏習合の時代には石尊大権現が祀られ、大山は関東を代表する石尊信仰の霊場となった。
平安時代に編纂された『延喜式神名帳』には、相模国大住郡の「阿夫利神社」として記載されている。「阿夫利」の名は、大山が「あめふり(雨降り)山」と呼ばれたことに由来するともいわれる。山上には雲や霧が生じやすく、古くから雨をもたらす山として信仰され、雨乞いや五穀豊穣を願う人々の崇敬を集めた。
武家の時代になると、開運や武運長久を願う信仰も盛んとなり、源氏、足利氏、北条氏、徳川氏などから崇敬された。源頼朝が平家討伐の挙兵に際して太刀を奉納したとの伝承もあり、これを起源として大きな木太刀を奉納する「納太刀」の風習が生まれたとされる。この習俗は後に庶民の大山詣りにも受け継がれていった。
江戸時代に入ると大山信仰は庶民の間にも広がり、関東各地に「大山講」と呼ばれる参詣組織がつくられた。参詣者は講の仲間とともに大山へ向かい、山内の滝で身を清め、御師の祓いを受けて山へ登った。御師は参詣者の宿泊や山内の案内、神社への取り次ぎなどを担い、山麓には多くの宿坊が立ち並んだ。
大山へ通じる各地の道は「大山街道」と呼ばれ、江戸をはじめ関東各地から多くの人々が大山を目指した。巨大な木太刀を担いで登拝する姿は大山詣りを象徴するものとなり、その様子は浮世絵をはじめ歌舞伎や落語にも描かれた。こうした江戸時代の庶民信仰を中心とする伊勢原市の物語「江戸庶民の信仰と行楽の地~巨大な木太刀を担いで『大山詣り』~」は、平成28年(2016)に日本遺産に認定された。
安政年間には大火によって山内の堂社の多くを焼失した。さらに明治初頭の神仏分離によって石尊大権現と大山寺の称が廃され、古くからの「阿夫利神社」へ復称した。大山寺が一時廃されると、その不動堂跡に下社が建立され、山頂には本社が整えられた。
明治6年(1873)には国学者・権田直助が初代祠官となり、山内の制度を整備した。それまで参詣者の宿泊や案内を担ってきた御師は「先導師」と改称され、その伝統は近代以降にも受け継がれた。昭和12年(1937)には大山ケーブルカーが開通し、昭和52年(1977)には現在の下社拝殿が竣工した。
大山阿夫利神社は、大山の山頂に本社、中腹に下社が鎮座する。下社拝殿の地下には、大山の岩盤から湧き出す御神水「神泉」があり、地下巡拝道には大山詣りで奉納された木太刀など、大山信仰にまつわる品々が納められている。
毎年8月27日から29日には秋季例大祭が行われる。27日には神輿が下社から男坂を下って山麓の社務局へ向かう「お下り」、29日には神輿が下社へ還る「お上り」が行われ、大山を舞台とする信仰を現在に伝えている。
28日には神奈川県指定無形民俗文化財の倭舞・巫子舞が奉納される。また、江戸時代から続く大山能狂言も受け継がれており、毎年10月には社務局の能楽殿で火祭薪能が奉納される。古代からの山岳信仰、神仏習合の石尊信仰、江戸庶民の大山詣りが重なりながら、現在の大山阿夫利神社へと受け継がれている。
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見どころ
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大山名水「神泉」・地下巡拝道この記事を3人が評価
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下社 拝殿・本殿・ご祭神・ご利益この記事を2人が評価
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摂社 浅間社・境内社 天満宮この記事を2人が評価
神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
例祭
歳旦祭・奉幣祭 1月1日
元始祭 1月3日
筒粥祭・引目祭 1月7日
節分祭 2月3日
紀元節 2月11日
祈年祭 3月1日
春季皇霊祭 3月20日
神武天皇祭・大新稲荷祭 4月3日
春季大祭始め 4月5日
雷山神社祭 4月14日
春季大祭収め 4月20日
祖霊社大祭 4月25日
酒祭 5月27日
浅間日枝神社祭 6月1日
田植祭 6月上旬
権田祭 6月8日
夏越大祓・疫神祭 6月30日
例大祭・夏季大祭始め 7月27日
夏季大祭収め 8月17日
二重神社祭 8月18日
秋季例大祭 8月27日~29日
追分社祭 9月20日
秋季皇霊祭 9月23日
抜穂祭 9月下旬
火祭薪能 10月上旬
明治節・万国忠霊塔祭 11月3日
新嘗祭 11月23日
新穀感謝祭 12月5日
煤祓 12月13日
師走大祓・鎮火祭 12月28日
除夜祭 12月31日
元始祭 1月3日
筒粥祭・引目祭 1月7日
節分祭 2月3日
紀元節 2月11日
祈年祭 3月1日
春季皇霊祭 3月20日
神武天皇祭・大新稲荷祭 4月3日
春季大祭始め 4月5日
雷山神社祭 4月14日
春季大祭収め 4月20日
祖霊社大祭 4月25日
酒祭 5月27日
浅間日枝神社祭 6月1日
田植祭 6月上旬
権田祭 6月8日
夏越大祓・疫神祭 6月30日
例大祭・夏季大祭始め 7月27日
夏季大祭収め 8月17日
二重神社祭 8月18日
秋季例大祭 8月27日~29日
追分社祭 9月20日
秋季皇霊祭 9月23日
抜穂祭 9月下旬
火祭薪能 10月上旬
明治節・万国忠霊塔祭 11月3日
新嘗祭 11月23日
新穀感謝祭 12月5日
煤祓 12月13日
師走大祓・鎮火祭 12月28日
除夜祭 12月31日
文化財
大山阿夫利神社の倭舞及び巫子舞
神奈川県 無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和28年12月22日指定
文化財種別不明 昭和28年12月22日指定
大山能狂言
伊勢原市 無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和53年6月28日指定
文化財種別不明 昭和53年6月28日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.afuri.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E9%98%BF%E5%A4%AB%E5%88%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE
神奈川県
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/ar3/cnt/f70052/index.html
伊勢原市
https://www.city.isehara.kanagawa.jp/bunkazai/
神奈川県神社庁
https://www.kanagawa-jinja.or.jp/
http://www.afuri.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E9%98%BF%E5%A4%AB%E5%88%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE
神奈川県
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/ar3/cnt/f70052/index.html
伊勢原市
https://www.city.isehara.kanagawa.jp/bunkazai/
神奈川県神社庁
https://www.kanagawa-jinja.or.jp/
