有名度
十両御嶽神社
みたけじんじゃ
秋田県雄勝郡羽後町田代字天王山13
秋田県雄勝郡羽後町田代字天王山13

かんたんご利益
- 厄除
- 家庭
御嶽神社には
「厄除・開運系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
厄除 家内安全
御祭神
安閑天皇 あんかんてんのう
大己貴神 おおなむちのかみ
少彦名神 すくなひこなのかみ
大山咋神 おおやまくいのかみ
天照皇大神 あまてらすすめおおかみ
豊受姫神 とようけひめのかみ
菅原道真公 すがわらのみちざねこう
神社系統
この神社の主な系統は
「蔵王系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
御嶽神社は秋田県雄勝郡羽後町に鎮座する神社。御祭神は安閑天皇、大己貴神、少彦名神、大山咋神、天照皇大神、豊受姫神、菅原道真公の7柱をまつる。
社格は旧村社。
大同2年(807)、坂上田村麻呂によって開かれたと伝えられる。天正15年(1587)3月には蔵王権現と釈迦・弥勒・観音を勧請し、金峯山山口神社、金峯山蔵王権現堂、金峯山山ノ口寺などと称した。寛文12年(1672)以降は佐竹家から年2石の祈祷料を受けるなど、厚い崇敬を受けた。
元禄8年(1695)の火災で社殿を焼失したが、元禄12年(1699)に再建され、享保12年(1727)には長床を建立した。明治3年(1870)に御嶽神社へ復称し、明治5年(1872)に郷社、翌明治6年(1873)に村社へ定められた。明治40年(1907)から明治43年(1910)にかけては、山神社、薬師神社、日枝神社、神明社、菅原神社、豊受姫神社を合祀した。
昭和17年(1942)には本殿を新築するとともに幣殿を増築した。平成元年(1989)には本殿・幣殿・拝殿を改修し、長床を解体して新たに舞台を建設した。例祭は毎年9月5日に斎行される。
社格は旧村社。
大同2年(807)、坂上田村麻呂によって開かれたと伝えられる。天正15年(1587)3月には蔵王権現と釈迦・弥勒・観音を勧請し、金峯山山口神社、金峯山蔵王権現堂、金峯山山ノ口寺などと称した。寛文12年(1672)以降は佐竹家から年2石の祈祷料を受けるなど、厚い崇敬を受けた。
元禄8年(1695)の火災で社殿を焼失したが、元禄12年(1699)に再建され、享保12年(1727)には長床を建立した。明治3年(1870)に御嶽神社へ復称し、明治5年(1872)に郷社、翌明治6年(1873)に村社へ定められた。明治40年(1907)から明治43年(1910)にかけては、山神社、薬師神社、日枝神社、神明社、菅原神社、豊受姫神社を合祀した。
昭和17年(1942)には本殿を新築するとともに幣殿を増築した。平成元年(1989)には本殿・幣殿・拝殿を改修し、長床を解体して新たに舞台を建設した。例祭は毎年9月5日に斎行される。
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神社詳細
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出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
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