八坂神社 臼杵市 - 神社ファン

有名度

前頭

八坂神社

やさかじんじゃ

大分県臼杵市大字臼杵1

😞 🙁 😐 🙂 😄

大分県臼杵市大字臼杵1

かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 家庭
八坂神社には

「仕事系」「子供系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

家内安全 安産祈願 商売繁盛

御祭神

公

主祭神

健速須佐之男命尊 たけはやすさのおのみこと

主祭神

奇稲田姫命 くしいなだひめのみこと

主祭神

大国主命 おほくにぬしのみこと

相殿神

丹生嶋明神 にふじまみょうじん

相殿神

菅原神 すがはらのかみ

相殿神

事代主神 ことしろむしのかみ

神社系統

主な系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

八坂神社は大分県臼杵市に鎮座する神社。御祭神は健速須佐之男命尊、奇稲田姫命、大国主命、丹生嶋明神、菅原神、事代主神の6柱をまつる。
社格は旧県社。
社伝では、天延元年(972)に藤原道兼が奥州磐前郡鶴ヶ峰に祇園三所天王を勧請したことを起源とする。
承徳元年(1097)には神霊が海路で西へ渡り、安芸国尾道を経て臼杵湾の洲崎岩ヶ鼻に至り、神の木原と呼ばれた現在の原山地区に鎮座したと伝えられる。その後、臼杵の地で祇園宮としてまつられた。現在の二王座の地名には、かつて八坂神社に仁王門があったとする伝承が残されている。
戦国時代には、大友氏のもとで社は臼杵湾沿岸の岩窟や津久見、さらに日向国飫肥へ遷座したと伝えられる。文禄2年(1593)に大友氏が改易された後、慶長3年(1598)、太田一吉の治世に臼杵城三の丸であった現在地へ遷座し、以後は臼杵城下の祇園宮として祭祀が続けられた。
江戸時代には、臼杵藩主稲葉氏の崇敬を受け、社殿の造修や祭礼の整備が行われた。祇園祭は慶長16年(1611)に始まったとされ、当初は祇園洲の境内で神楽や流鏑馬などが奉納された。
寛永20年(1643)には海添五味浦馬場に御旅所が造営された。祭礼では御神体を本宮から御旅所へ遷し、渡御と還御の行列が行われるようになった。神幸に用いられる神輿は須佐之男命、大国主命、櫛稲田姫命の3基で、第一神輿は寛永20年(1643)、第三神輿は正保4年(1647)、第二神輿は延宝3年(1675)に製作された。
明治4年(1871)の神仏分離により、それまでの祇園宮から八坂神社へ改称した。
本殿は安永5年(1776)に再建された三間社流造、銅板葺の建物である。平成7年(1995)3月10日に大分県指定有形文化財に指定され、社殿には精巧な彫刻が施されている。
境内には拝殿、本殿、社務所、大鳥居、東鳥居が建ち、臼杵城跡から臼杵川へ向かう石畳の道沿いに鎮座する。周辺には旧稲葉家下屋敷や旧平井家住宅が残る。
毎年行われる臼杵祇園まつりは、平成20年(2008)3月28日に大分県指定無形民俗文化財となった。祭礼では本宮と御旅所の間を神輿が往復し、毛槍振りや山車を伴う行列が臼杵の城下町を巡行する。
  • 県社
スポンサーリンク

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

本殿 三間社流造銅板葺

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://usukiyasakajinnjya.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%9D%82%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E8%87%BC%E6%9D%B5%E5%B8%82)