有名度
前頭稲荷神社
いなりじんじゃ
島根県松江市寺町183
島根県松江市寺町183

かんたんご利益
- 恋愛
- 健康
- 仕事
- 学業
- 安全
- 厄除
稲荷神社には
「恋愛系」「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「安全系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
開運招福 商売繁盛 営業繁栄 五穀豊穣 病気平癒 大漁満足 海上安全 受験合格 良縁成就
御祭神
主祭神
宇賀御魂神 うかのみたまのかみ
主祭神
誉田別命 ほむだわけのみこと
合祀祭神
武甕槌神 たけみかづちのかみ
合祀祭神
経津主神 ふつぬしのかみ
合祀祭神
大床主神 おほとこぬしのかみ
合祀祭神
水波女大神 みずはめのかみ
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
稲荷神社は島根県松江市に鎮座する神社。御祭神は宇賀御魂神、誉田別命、武甕槌神、経津主神、大床主神、水波女大神の6柱をまつる。
現在の松江城がある亀田山、古くは末次山と呼ばれた地に始まる。末次の地の開拓に際し、里人は宇賀御魂神を祀り、誉田別命を祀ったと伝わる。鎌倉時代には末次の地頭であった土屋六郎が崇敬し、その後は末次城主の末次清政も信仰した。慶長期、堀尾吉晴が松江城を築くと、稲荷神社は藩の細工所の敷地へ遷され、社殿が新造された。以後、松江藩庁の守護神として祀られた。
江戸時代には松平家の歴代藩主が信仰し、神社の費用は藩費で賄われた。明治維新後、廃藩により社地は民有地となり、明治21年(1888年)12月10日に現在の寺町へ遷座した。
武甕槌神と経津主神は松江藩校修道館の鎮守として祀られていた神であり、明治維新による修道館の廃止後、同じ敷地内の細工所にあった稲荷神社に合殿された。寺町への移転に際して本殿へ合祀された。大床主神と水波女大神は白潟本町の森脇邸にあった地主神社の祭神で、町の依頼により稲荷神社へ合祀された。
社殿と諸施設は昭和24年(1949年)の松江白潟大火で焼失した。戦後の復興期と都市計画による境内地の道路収用を経て、平成9年(1997年)秋に新社殿が造営された。境内には末社として荒神神社、琴平神社、地主神社があり、合殿として天満宮と恵比須神社が祀られている。
現在の松江城がある亀田山、古くは末次山と呼ばれた地に始まる。末次の地の開拓に際し、里人は宇賀御魂神を祀り、誉田別命を祀ったと伝わる。鎌倉時代には末次の地頭であった土屋六郎が崇敬し、その後は末次城主の末次清政も信仰した。慶長期、堀尾吉晴が松江城を築くと、稲荷神社は藩の細工所の敷地へ遷され、社殿が新造された。以後、松江藩庁の守護神として祀られた。
江戸時代には松平家の歴代藩主が信仰し、神社の費用は藩費で賄われた。明治維新後、廃藩により社地は民有地となり、明治21年(1888年)12月10日に現在の寺町へ遷座した。
武甕槌神と経津主神は松江藩校修道館の鎮守として祀られていた神であり、明治維新による修道館の廃止後、同じ敷地内の細工所にあった稲荷神社に合殿された。寺町への移転に際して本殿へ合祀された。大床主神と水波女大神は白潟本町の森脇邸にあった地主神社の祭神で、町の依頼により稲荷神社へ合祀された。
社殿と諸施設は昭和24年(1949年)の松江白潟大火で焼失した。戦後の復興期と都市計画による境内地の道路収用を経て、平成9年(1997年)秋に新社殿が造営された。境内には末社として荒神神社、琴平神社、地主神社があり、合殿として天満宮と恵比須神社が祀られている。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
情報募集
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文化財
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建築
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神紋
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出典
公式サイト
https://www.shusseinari.org/
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/
https://www.shusseinari.org/
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/
