有名度
小結宝登山神社
ほどさんじんじゃ
埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1828
埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1828



寳登山神社は、秩父長瀞の宝登山の麓に鎮座し、日本武尊の火難除け伝説に由来する火防や開運のご利益で知られています。「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」に一つ星として選定され、秩父三社の一社にも数えられる由緒ある名社です。四季の花に彩られた境内と荘厳な社殿が訪れる人を魅了する神社です。
神社ワードクラウド
宝登山神社の特徴を視覚的にわかりやすく表現しています。詳しくは見どころをご確認ください。
かんたんご利益
- 金運
- 安全
- 厄除
- 家庭
宝登山神社には
「金運系」「安全系(有名)」「厄除・開運系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
火災盗難よけ 諸難よけ
御祭神
神日本磐余彦尊 かんやまといわれひこのみこと
大山祇神 おおやまづみのかみ
火産霊神 ほむすびのかみ
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
寳登山神社は埼玉県秩父郡長瀞町にある神社。神日本磐余彦尊(神武天皇)、大山祇神、火産霊神を祭神とする。
社格は旧県社で、現在は別表神社。江戸時代には寳登山大権現と呼ばれた。
秩父神社、三峯神社とともに秩父地方を代表する「秩父三社」のひとつに数えられる。宝登山の山麓に本社、山頂に奥宮が鎮座し、古くから山岳信仰と火伏の信仰を中心に崇敬されてきた。
社伝によると、創建は景行天皇の時代にさかのぼる。日本武尊が東征からの帰途に宝登山へ登拝しようとしたところ、途中で突然の山火事に遭い、炎に囲まれてしまった。すると白と黒の大きな山犬が現れて火を消し、日本武尊を山頂まで導いたという。
日本武尊は山犬が山の神の使いであることを悟り、山頂に神日本磐余彦尊、大山祇神、火産霊神の3柱をまつったと伝えられている。また、山犬によって火災から救われたことから、この山を「火を止める山」の意味で「火止山(ほどさん)」と名づけ、これが後に「寳登山」へ改められたという。
この創建伝承から寳登山神社は火伏の神として篤く信仰されるようになり、山頂は奥宮、山麓は本社として発展した。また、日本武尊を救った山犬も神の使いとして信仰され、火災や盗難などの災厄から人々を守る存在と考えられるようになった。
永久元年(1113)には、弘法大師の足跡を慕って当地を訪れた空圓が草庵を結び、玉泉寺を開いたと伝えられている。以後、玉泉寺が別当寺として神社の祭祀や社殿の維持に関わり、神仏習合のもとで「寳登山大権現」として信仰を集めた。
江戸時代になると、玉泉寺の僧たちによって山犬を火防や盗難除けの守護神とする信仰が広められた。火災が大きな脅威であった江戸でも火防の神として信仰され、秩父地方だけでなく関東一円から寳登山大権現を訪れる参詣者が増えていった。
現在の社殿の再建は江戸時代末期に始まった。別当玉泉寺の住職・榮乗が弘化2年(1845)に再建を発願し、弘化4年(1847)に工事に着手した。明治維新による神仏分離後も、榮乗は小菅是道と名乗って再建を続け、明治4年(1871)に本殿、明治7年(1874)に拝殿が完成した。
本殿と拝殿を幣殿で結ぶ権現造の社殿で、彫刻は武州明戸の彫刻師・飯田岩次郎が手がけた。欄間などには中国の故事を題材とする「二十四孝」の彫刻が施され、社殿背面には立身出世を象徴する「登竜門」が表現されている。
明治初年の神仏分離によって寳登山神社と別当玉泉寺は分離し、長く続いた寳登山大権現としての神仏習合の体制は終わった。しかし、山岳信仰や火伏、山犬に対する信仰はその後も受け継がれ、現在の寳登山神社へとつながっている。
平成21年(2009)には御鎮座1900年記念事業として社殿の修復が行われ、彫刻や組物などに彩色が施された。極彩色の装飾がよみがえり、江戸時代末期から明治初期にかけて造営された華麗な社殿の姿を見ることができる。
宝登山山頂には奥宮が鎮座し、日本武尊の登拝伝承に由来する宝登山信仰の中心となっている。毎年5月2日の奥宮大祭では、日本武尊社から神霊を遷した神輿が山頂の奥宮へ向かい、創建伝承にちなむ祭典や神楽が行われる。
山麓の本社から山頂へは登山道が続き、現在も歩いて奥宮へ登拝することができる。また、山麓と山頂を結ぶロープウェイも整備され、宝登山の自然とともに本社と奥宮を巡る参拝が行われている。
日本武尊と山犬による火伏の伝承を持つ寳登山神社は、古くから宝登山そのものを信仰する山岳霊場として発展した。中世以降は玉泉寺との神仏習合によって寳登山大権現として栄え、江戸時代には火防・盗難除けの信仰を関東一円へ広げた。現在も山麓の本社と山頂の奥宮を通じて、宝登山に根づいた古い山岳信仰を伝えている。
社格は旧県社で、現在は別表神社。江戸時代には寳登山大権現と呼ばれた。
秩父神社、三峯神社とともに秩父地方を代表する「秩父三社」のひとつに数えられる。宝登山の山麓に本社、山頂に奥宮が鎮座し、古くから山岳信仰と火伏の信仰を中心に崇敬されてきた。
社伝によると、創建は景行天皇の時代にさかのぼる。日本武尊が東征からの帰途に宝登山へ登拝しようとしたところ、途中で突然の山火事に遭い、炎に囲まれてしまった。すると白と黒の大きな山犬が現れて火を消し、日本武尊を山頂まで導いたという。
日本武尊は山犬が山の神の使いであることを悟り、山頂に神日本磐余彦尊、大山祇神、火産霊神の3柱をまつったと伝えられている。また、山犬によって火災から救われたことから、この山を「火を止める山」の意味で「火止山(ほどさん)」と名づけ、これが後に「寳登山」へ改められたという。
この創建伝承から寳登山神社は火伏の神として篤く信仰されるようになり、山頂は奥宮、山麓は本社として発展した。また、日本武尊を救った山犬も神の使いとして信仰され、火災や盗難などの災厄から人々を守る存在と考えられるようになった。
永久元年(1113)には、弘法大師の足跡を慕って当地を訪れた空圓が草庵を結び、玉泉寺を開いたと伝えられている。以後、玉泉寺が別当寺として神社の祭祀や社殿の維持に関わり、神仏習合のもとで「寳登山大権現」として信仰を集めた。
江戸時代になると、玉泉寺の僧たちによって山犬を火防や盗難除けの守護神とする信仰が広められた。火災が大きな脅威であった江戸でも火防の神として信仰され、秩父地方だけでなく関東一円から寳登山大権現を訪れる参詣者が増えていった。
現在の社殿の再建は江戸時代末期に始まった。別当玉泉寺の住職・榮乗が弘化2年(1845)に再建を発願し、弘化4年(1847)に工事に着手した。明治維新による神仏分離後も、榮乗は小菅是道と名乗って再建を続け、明治4年(1871)に本殿、明治7年(1874)に拝殿が完成した。
本殿と拝殿を幣殿で結ぶ権現造の社殿で、彫刻は武州明戸の彫刻師・飯田岩次郎が手がけた。欄間などには中国の故事を題材とする「二十四孝」の彫刻が施され、社殿背面には立身出世を象徴する「登竜門」が表現されている。
明治初年の神仏分離によって寳登山神社と別当玉泉寺は分離し、長く続いた寳登山大権現としての神仏習合の体制は終わった。しかし、山岳信仰や火伏、山犬に対する信仰はその後も受け継がれ、現在の寳登山神社へとつながっている。
平成21年(2009)には御鎮座1900年記念事業として社殿の修復が行われ、彫刻や組物などに彩色が施された。極彩色の装飾がよみがえり、江戸時代末期から明治初期にかけて造営された華麗な社殿の姿を見ることができる。
宝登山山頂には奥宮が鎮座し、日本武尊の登拝伝承に由来する宝登山信仰の中心となっている。毎年5月2日の奥宮大祭では、日本武尊社から神霊を遷した神輿が山頂の奥宮へ向かい、創建伝承にちなむ祭典や神楽が行われる。
山麓の本社から山頂へは登山道が続き、現在も歩いて奥宮へ登拝することができる。また、山麓と山頂を結ぶロープウェイも整備され、宝登山の自然とともに本社と奥宮を巡る参拝が行われている。
日本武尊と山犬による火伏の伝承を持つ寳登山神社は、古くから宝登山そのものを信仰する山岳霊場として発展した。中世以降は玉泉寺との神仏習合によって寳登山大権現として栄え、江戸時代には火防・盗難除けの信仰を関東一円へ広げた。現在も山麓の本社と山頂の奥宮を通じて、宝登山に根づいた古い山岳信仰を伝えている。
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見どころ
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鳥居・手水鉢と天水桶この記事を1人が評価
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拝殿・本殿・御祭神・ご利益この記事を1人が評価
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奥宮この記事を1人が評価
神社詳細
正式名称
寳登山神社
公式URL
摂末社・境内社
例祭
歳旦祭・新年開運祈願祭 1月1日
節分追儺祭 2月節分
建国奉祝祭 2月11日
産業祈年祭 3月1日
例大祭 4月3日
奥宮祭 5月2日
八坂大祭(お祇園) 7月20日
船玉祭 8月15日
産業感謝祭(新嘗祭) 11月23日
除夜祭 12月31日
特殊神事〈お炊き上げ祭〉 毎月7日・15日
節分追儺祭 2月節分
建国奉祝祭 2月11日
産業祈年祭 3月1日
例大祭 4月3日
奥宮祭 5月2日
八坂大祭(お祇園) 7月20日
船玉祭 8月15日
産業感謝祭(新嘗祭) 11月23日
除夜祭 12月31日
特殊神事〈お炊き上げ祭〉 毎月7日・15日
文化財
宝登山神楽
長瀞町 無形民俗文化財
文化財種別不明 文化財指定日不明
文化財種別不明 文化財指定日不明
宝登山神社の相生の松
長瀞町 天然記念物
文化財種別不明 文化財指定日不明
文化財種別不明 文化財指定日不明
建築
本殿 権現造
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.hodosan-jinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%B3%E7%99%BB%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE
長瀞町
https://www.town.nagatoro.saitama.jp/nagatoro-2/bunkazai/
埼玉県神社庁
https://www.saitama-jinjacho.or.jp/
http://www.hodosan-jinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%B3%E7%99%BB%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE
長瀞町
https://www.town.nagatoro.saitama.jp/nagatoro-2/bunkazai/
埼玉県神社庁
https://www.saitama-jinjacho.or.jp/
