拝殿・本殿・御祭神・ご利益 | 宝登山神社 - 神社ファン

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宝登山神社

ほどさんじんじゃ

埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1828

拝殿・本殿・御祭神・ご利益

更新日:2026年4月29日

拝殿・本殿

宝登山神社の現在の社殿は、江戸時代末から明治初頭にかけて造り替えられた本殿・幣殿・拝殿から成る権現造りです。社殿再建は、当社別当であった玉泉寺住職榮乗の尽力によって進められました。榮乗は天保9年(1838年)40才の時に玉泉寺の住職となり、弘化2年(1845年)に社殿再建を発願、弘化4年(1847年)に着工します。その後、資金調達に苦労しながらも再建事業を進め、明治を迎えると僧籍を離れて神祇の道を修め、なおも再建に邁進しました。明治4年(1871年)に本殿、明治7年(1874年)に拝殿が完成し、実に29年に及ぶ大事業が成し遂げられました。榮乗はその後、小菅是道と名乗る初代神職となり、明治8年(1875年)76才で帰幽しています。
宝登山神社 拝殿
社殿には精巧な彫刻が数多く施されており、拝殿や本殿の欄間には中国の孝行譚として知られる「二十四孝」から選ばれた八つの物語が彫刻で表現されています。これらの彫り物は、熊谷在武州明戸の彫刻師飯田岩次郎によるものです。
宝登山神社 二十四孝の彫刻
また拝殿の周囲には龍を題材とした彫刻が数多く見られ、扁額の周囲にも白い龍の彫刻が施されています。社殿の各所に配された躍動感ある龍の彫刻は、宝登山神社の社殿装飾の大きな見どころの一つとなっています。限られた浄財の中でありながら多くの彫刻や装飾が施されていることからも、再建にかけた榮乗の尽力と当時の人々の篤い信仰心がうかがえます。
宝登山神社 本殿 懸魚
本殿裏に回ると、屋根の三角部分(妻)に施された装飾を見ることができます。ここには黒く塗られた板状の「懸魚」が下がり、左右には雲形の鰭や花弁状の六葉、樽の口などの意匠が組み合わされています。さらに棟木と虹梁をつなぐ太瓶束が据えられ、その左右には登龍の場面が彫刻されています。右側には逆巻く水流を泳ぐ鯉、左側には龍へと姿を変えて激流をのぼる姿が表され、困難を乗り越えて飛躍する象徴として表現されています。
宝登山神社 拝殿の龍の彫刻
平成21年(2009年)には御鎮座1900年奉祝事業の一環として改修工事が行われ、飯田岩次郎による彫刻には彩色が施されました。現在は色鮮やかな彫刻が緑の森に包まれた境内で荘厳な佇まいを見せ、宝登山神社の歴史と信仰の深さを今に伝えています。

御祭神・ご利益

皇室の祖先にあたる神武天皇(神日本磐余彦尊/かんやまといわれひこのみこと)、山を司る大山祇神(おおやまづみのかみ)、火を司る火産霊神(ほむすびのかみ)をお祀りしています。
火災盗難除・諸難除のご利益が広く知られています。ご祈祷は火災盗難除・諸難除のほか、家内安全・学業成就・商売繁盛・金運招福・良縁成就・交通安全など、願意に応じて行われています。
宝登山神社 本殿裏側

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