日枝神社 山形県酒田市宮野浦 - 神社ファン

有名度

前頭

日枝神社

ひえじんじゃ

山形県酒田市宮野浦3-12-22

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山形県酒田市宮野浦3-12-22

かんたんご利益

  • 仕事
  • 厄除
  • 家庭
日枝神社には

「仕事系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

想

諸産業繁栄 家系繁栄 厄除け

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「日吉・山王系」

です。
他に 「宗像・厳島系」 「伊勢・神明系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

日枝神社は山形県酒田市に鎮座する神社。御祭神は大己貴神、大山咋神、市杵島姫神、天照皇大御神、豊受大神の5柱をまつる。
社格は旧郷社。
社伝では平城天皇の時代、大同元年(806)の創建と伝えられる。同年4月の初申の日、近江国坂本の日吉大社から分霊を勧請し、海路を北上して宮野浦の地に鎮座した。古くは山王宮と称した。
明応元年(1492)頃から宮野浦の住民による最上川対岸への移転が進み、のちの酒田の町が形成された。宮野浦から移された山王社は、その後の上日枝神社、下日枝神社へつながったと伝えられている。
天文20年(1551)、尾浦城主武藤義氏の時代に木花咲夜毘賣命を勧請し、社殿が建て替えられた。
慶長16年(1611)7月23日には、山形藩主最上義光によって社殿が造替され、社領68石余が寄進された。
元和8年(1622)に酒井忠勝が庄内へ入部し、庄内藩が成立した。元禄15年(1702)12月には庄内藩主酒井忠真によって本殿が建て替えられた。
文化11年(1814)9月13日には正一位の神位を受け、その後は日吉大明神と称した。明治3年(1870)5月に社号を日枝神社へ改め、明治9年(1876)3月に郷社に列した。
明治27年(1894)10月22日に庄内地震が発生し、社殿が全壊した。翌明治28年(1895)から再建に着手し、明治31年(1898)11月に拝殿が竣工した。
平成18年(2006)には、大同元年(806)の創建伝承から1200年を迎え、創建1200年祭が斎行された。
日枝神社には、日吉大社から分霊を迎えた際に用いたと伝わる長さ約2mの漆塗りの御舟が保存されている。例祭の神輿渡御では御舟を山車に載せ、神輿の前を進む。
社殿は本殿、拝殿、神門などからなり、境内には琴平神社、稲荷神社、八坂神社、八幡神社、新山神社がまつられている。
例祭は5月19日から21日に行われる。このほか、3月の祈年祭、6月と12月30日の大祓、11月の新嘗祭、1月の古神札焼納祭などが行われている。
  • 郷社
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出典
山形県神社庁
https://yamagata-jinjyacho.or.jp/