有名度
十両八幡神社
はちまんじんじゃ
北海道松前郡松前町字江良751番地
北海道松前郡松前町字江良751番地

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
八幡神社には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡神社は北海道松前郡松前町に鎮座する神社。御祭神は誉田別命、大山祇大神、稲荷大神、船玉大神、恵比寿大神、愛宕之大神の6柱をまつる。
社伝によれば、佐々木對馬守源延次の二男・佐々木二見が正徳4年(1714年)8月に社殿を建立し、「若宮八幡宮」と称したことを創建とする。明治時代に現在の社号へ改められた。享保16年(1731年)に拝殿が改築されたのをはじめ、安永4年(1775年)、天明9年(1789年)、寛政13年(1801年)、文政元年(1818年)にも拝殿の改築が行われ、慶應元年(1865年)には本殿が改築されるなど、長い歴史の中で社殿の整備が重ねられてきた。
寛保元年(1741年)7月16日には離島大島の噴火による大津波が発生し、一の鳥居が流されて亀田郡戸井村まで漂着したほか、氏子の過半数が犠牲となり、松前全郡にも大きな被害が及んだ。しかし、社殿は難を免れたと伝えられている。
昭和14年(1939年)10月13日に現在地へ遷座し、昭和55年(1980年)10月13日には本殿・幣殿・拝殿・向拝・神饌所・参集所・手水舎が完成した。平成6年(1994年)の集中豪雨では社務所が被害を受けたが、その後も地域の鎮守として守り継がれている。旧社格は村社、社殿は神明造で、例祭は毎年9月15日に斎行される。また、特殊神事として松前神楽が伝承され、境内外末社には離島大島の弁天神社が祀られている。
社伝によれば、佐々木對馬守源延次の二男・佐々木二見が正徳4年(1714年)8月に社殿を建立し、「若宮八幡宮」と称したことを創建とする。明治時代に現在の社号へ改められた。享保16年(1731年)に拝殿が改築されたのをはじめ、安永4年(1775年)、天明9年(1789年)、寛政13年(1801年)、文政元年(1818年)にも拝殿の改築が行われ、慶應元年(1865年)には本殿が改築されるなど、長い歴史の中で社殿の整備が重ねられてきた。
寛保元年(1741年)7月16日には離島大島の噴火による大津波が発生し、一の鳥居が流されて亀田郡戸井村まで漂着したほか、氏子の過半数が犠牲となり、松前全郡にも大きな被害が及んだ。しかし、社殿は難を免れたと伝えられている。
昭和14年(1939年)10月13日に現在地へ遷座し、昭和55年(1980年)10月13日には本殿・幣殿・拝殿・向拝・神饌所・参集所・手水舎が完成した。平成6年(1994年)の集中豪雨では社務所が被害を受けたが、その後も地域の鎮守として守り継がれている。旧社格は村社、社殿は神明造で、例祭は毎年9月15日に斎行される。また、特殊神事として松前神楽が伝承され、境内外末社には離島大島の弁天神社が祀られている。
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出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
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