八衢比売
やちまたひめ
- 神話・伝説
- 女神・女性

祭神ランキング93位
八衢比売とは?
八衢比売は延喜式などに登場する女神である。延喜式巻八に収められた道饗祭の祝詞では、八衢比古、久那斗神とともに祀られている。神名の「八衢」は数多くの道が分かれる場所を意味し、八衢比売は道の分岐や境界で外から侵入する災厄を防ぐ神としての性格を持つ。
古代には都へ魑魅や妖物などの災いが入り込まないよう、都の境界となる道で道饗祭が行われた。その祝詞では八衢比古、八衢比売、久那斗神に対し、外からやって来る災いを防ぐことが祈られている。八衢比売は八衢比古と男女一対をなす神として祀られるが、古典に二柱を夫婦や兄妹とする記述はない。
八衢比売は古事記や日本書紀にはその名で登場しないが、後世の国学者によって記紀神話に登場する道や境界の神との関係が論じられた。江戸時代中期の国学者・賀茂真淵は『祝詞考』において、イザナギが黄泉国から帰った後に禊を行う際、帯から生まれた道之長乳歯神を八衢比古・八衢比売にあたる神と解釈した。また本居宣長は『古事記伝』において、イザナギが禊の前に御褌を脱いだ際に生まれた道俣神と八衢比古・八衢比売との関係を論じている。いずれも古事記そのものが八衢比売と同一神であると記しているわけではなく、後世の国学による解釈である。
その後、八衢比売の信仰は岐神、塞の神、道祖神などの境界を守る神々の信仰と重なり、村境や峠、辻、道端などで祀られるようになった。道や境界を守る性格から、住民や通行人を守る神、旅の安全を守る神としても信仰されている。後世にはサルタヒコやアメノウズメなど、道に関係する神々と結びつけられる場合もある。
八衢比売には厄除け、疫病除け、交通安全、旅行安全、道路守護などのご利益があるとされる。代表的な神社には御杖神社(奈良県宇陀郡)や瀧上神社(宮城県気仙沼市)などがあり、このほか八衢比古や久那斗神とともに各地の塞神社、岐神社、道祖神社などで祀られている。
エピソード
八衢比売の神名にある「衢《ちまた》」は、道が分かれる場所や複数の道が交わる場所を意味する。「八」は必ずしも八本の道を示すものではなく、数が多いことを表すため、八衢とは多くの方向へ道が延びる大きな分岐点のことである。
古代の道は、人や物資だけでなく、疫病や災厄も外部から運んでくる場所と考えられていた。とりわけ複数の道が集まる辻や都の入口は、外から来るものと内側の世界が接する境界である。そのため、道の分岐点には神を祀り、悪しきものが集落や都へ入り込まないよう祈った。
『延喜式』所収の道饗祭《みちあえのまつり》の祝詞では、八衢比売は八衢比古、久那斗神《くなどのかみ・岐の神》とともに、大きな八衢を塞ぐ神として祀られている。祝詞では、三柱が巨大な岩の集まりのように道へ立ち塞がり、外から来る災いを防ぐことが願われた。
八衢比売は旅人を目的地へ案内するだけの道案内の神ではない。道という開かれた場所に境界を設け、悪霊や疫病の侵入を食い止める防御の女神なのである。
出典・参考:『延喜式』巻八「道饗祭」
八衢比売は、道饗祭の祝詞において八衢比古と並んで名を呼ばれる。比古は男神、比売は女神を表すことから、二柱は男女一対の道の神として祀られたと考えられている。
ただし、『延喜式』の祝詞には、八衢比古と八衢比売が夫婦であるとも、どちらかがもう一方を生んだとも記されていない。二柱の誕生を語る神話や系譜も伝えられておらず、古典から確認できるのは、道饗祭でともに祀られたことまでである。
古代の祭祀では、同じ働きを持つ神を男神と女神の一対として祀る例が見られる。八衢比古と八衢比売も、都へ入る道を男女両方の神の力によって守り、災厄を防ぐ存在だったとみられる。
後世には二柱を夫婦神とする説明も広まり、男女一対の道祖神信仰とも結びついた。しかし、これは信仰が展開する中で生まれた理解であり、道饗祭の祝詞そのものが二柱の婚姻を語っているわけではない。八衢比売は八衢比古に従属する女神ではなく、同じ役割を担って都を守る対等な道の神として祀られたのである。
出典・参考:『延喜式』巻八「道饗祭」
八衢比売を祀る道饗祭《みちあえのまつり》は、都へ通じる道で外から来る災厄を迎え、都の内部へ入らないよう防ぐための祭りである。『延喜式』では六月と十二月に行われる祭祀として定められていた。
祭りの名にある「饗《あえ》」は、食物を供えてもてなすことを意味する。道の神々へ供物を捧げ、都へ入り込もうとする悪霊や疫病神を境界で押しとどめ、別の場所へ退かせることが道饗祭の目的だった。
祝詞では、八衢比古、八衢比売、久那斗神《くなどのかみ・岐の神》の名を唱え、都の四方へ通じる大きな道を守るよう祈願する。三柱は、道を塞ぐ巨大な岩のような神として、外から押し寄せる禍事《まがごと》を防ぐ役割を担った。
六月と十二月は、同じく国家的な祓いである大祓が行われる時期でもある。人々が半年の間に犯した罪や触れた穢れを祓う大祓に対し、道饗祭は都の外から侵入する災厄を道の境界で防ぐ祭りであった。八衢比売は、都の内部を清浄に保つための最前線に立つ女神だったのである。
出典・参考:『延喜式』巻一「四時祭」、『延喜式』巻八「道饗祭」
道饗祭では、八衢比売と八衢比古に加え、久那斗神《くなどのかみ・岐の神》が祀られる。三柱はいずれも道や境界を守り、外から来る災いを遮る神であるが、祝詞ではそれぞれ別の名を持つ神として呼ばれている。
『日本書紀』の一書では、黄泉国から戻ったイザナギが杖を投げ、これより先へ雷神が来てはならないと告げたことで岐神が生まれたとする。この岐神は、もとの名を来名戸之祖神《くなとのさえのかみ》といい、黄泉国と現世の境界を塞ぐ神であった。八衢比売の誕生譚ではないが、道饗祭でともに祀られる久那斗神が、境界を守る神となった由来を伝える神話である。
後世には、八衢比売、八衢比古、久那斗神、塞の神などの信仰が重なり、村境や辻に祀られる道祖神へと結びついた。さらに、道案内の神であるサルタヒコや、その対となるアメノウズメを道祖神として祀る地域もある。
これらの神々は古典上では必ずしも同じ神ではない。しかし、いずれも道や境界に関係するため、地域の信仰では一つの道祖神としてまとめられ、交通安全、旅行安全、疫病除け、集落守護などが祈願されるようになった。
出典・参考:『日本書紀』神代巻一書、『延喜式』巻八「道饗祭」、柳田國男『石神問答』
出典文献
延喜式
神格
ご神徳
別称・異称
やちまたひめ
延喜式
八衡姫命やちまたひめのみこと
その他
八衡比売命やちまたひめのみこと
その他
八衢姫命やちまたひめのみこと
その他
八衢媛大神やちまたひめのおおかみ
その他
八衢比咩神やちまたひめのかみ
その他
八衢比女命やちまたひめのみこと
その他
八衢毘売神やちまたひめのかみ
その他
八衢毘女神やちまたびめのかみ
その他
同一とされる神様
祀られている主な神社
芦屋神社
(兵庫県芦屋市東芦屋町20−3)
御杖神社
(奈良県御杖村神末1020)
六社神社
(広島県府中市斗升町571番地)
千曳神社
(青森県七戸町字菩提木56)
道祖神社
(岩手県奥州市水沢区佐倉河字鞘田6)
