事代主神社 南松浦郡新上五島町 - 神社ファン

有名度

前頭

事代主神社

ことしろぬしじんじゃ

長崎県南松浦郡新上五島町似首郷字堂脇806

長崎県南松浦郡新上五島町似首郷字堂脇806

鳥居と拝殿

Goldend1979(wikipedia パブリック・ドメイン)

かんたんご利益

  • 仕事
事代主神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

豊漁 商売繁盛 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

えびす系

です。
他に 「出雲・オオナムチ系」 「祇園・須佐系」 「金毘羅系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

事代主神社は長崎県南松浦郡新上五島町に鎮座する神社。御祭神は事代主神、大国主神、素戔男神、琴平神の4柱をまつる。
社格は旧村社。
事代主神社の創始年代は明らかではないが、社殿裏にある恵比須社の門柱には「文明15年魚目千石守護」の銘が残ると伝えられている。文明15年は1483年にあたり、少なくとも室町時代には信仰の対象となっていたことがうかがえる。
似首郷には古くから石を神聖視する信仰が伝わり、郷内先磯辺の立岩は神域とされてきた。社殿裏の恵比須社には男性器の形をした石が祀られている。
明和8年(1771年)、似首村小頭の湯川久次右衛門によって社殿が再建され、この時に摂津国西宮から恵比須神像が勧請された。社名は当初、恵比須神社であった。藩政時代には社領1石4斗8升3勺3才を受けていた。
また、事代主神社には「魚目浦絵図」が伝えられている。この絵図は貞享5年(1688年)、有川との海境論争に際して江戸評定所へ提出するため、長崎の絵師・溝口七郎兵衛が描いた魚目浦絵図の控えで、当時の漁場や地名、地形、神社、寺院などが記されている。
文化3年(1806年)には社殿が風波によって流出し、その後再建されたが、文久元年(1861年)の火災で焼失した。さらに昭和8年(1933年)にも火災によって社殿を全焼している。
明治3年(1870年)、社号は恵比須神社から事代主神社へ改められた。明治7年(1874年)5月には村社に列し、明治41年(1908年)7月には郷内の八坂神社を合祀して素戔男神を祭神に加えた。昭和9年(1934年)2月には神饌幣帛料供進神社に指定されている。
現在も祇園祭や例大祭では上五島神楽が奉納される。上五島神楽は昭和56年(1981年)に長崎県無形民俗文化財となり、平成14年(2002年)には五島神楽として国の選択無形民俗文化財に選択された。さらに平成28年(2016年)には五島神楽として国の重要無形民俗文化財に指定されている。
年間を通じて元旦祭、竜神祭、水神祭、夏越祭、市拝祭、祇園祭、例大祭、七五三祭、大祓式などの祭礼が行われ、地域の信仰を今に伝えている。
  • 村社
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8B%E4%BB%A3%E4%B8%BB%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%96%B0%E4%B8%8A%E4%BA%94%E5%B3%B6%E7%94%BA)